礼から始まる強さ

天坂 透真

第1話畳に響く誇り

畳の上で、また投げられた。

背中にドンと衝撃が走り、息が詰まる。

でも体は自然に受け身を取っていた。


痛い。

けれど——倒れても壊れない。


腹は空っぽだ。

家に帰っても、ご飯はない。

でもこの瞬間だけは、飢えよりも畳の感触の方が確かだった。


「もう一度」

師範の声が響く。


小さな体で立ち上がり、正面に向かって深く礼をする。

その仕草だけは、誰よりも真剣にやってきた。


勝てない。

何度も投げられる。

それでも、受け身を取れる自分がいる。

叩きつけられても、立ち上がれる。

それが——生きる術だ。


礼をして倒れ、受け身を取り、また礼をする。

負け続ける日々の繰り返しが、孤独な心を支えてくれた。


柔道は、勝つためだけのものじゃない。

「生き抜く」ことを教えてくれるものだ。


小さな背中は揺れながらも、何度でも畳の上に立ち続ける。


——礼から始まり、礼に終わる。

その一礼に、少年の誇りが宿っていた。

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礼から始まる強さ 天坂 透真 @eiji14

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