第44話 復讐の果て⑥

 銃を向けられても、ジョンは眉一つ動かさない。しかし、ミュラーはそんなことは気にも留めず、ニヤリと笑う。



「この時を十年待った」


 全てはこの時の為。ミュラーは名前を変え、整形までしたのだ。全てはこの時の復讐の為に。


「君は知らないだろうが、私は自殺未遂をしたのだ」


 表の顔は美術商。裏の顔はマフィアのボス。だが、人を操ることに長けたミュラーは、決して表に出ることはなく、裏から命令を出し、組織のボスはあくまで息子ということになっていた。『ネモ』事件においては、それが裏目に出たわけだが――


 裏を返せば、それはジョンすらも欺かれたということになる。



「素直に褒めておくよ。僕を騙せる人間はそう多くない」


「ほらな。君って奴はいつも傲慢だ。私の息子を殺し、あまつさえ私まで殺そうとしている。一体君は何様のつもりだ? いや、何者だ?」


 ジョンは一瞬の間の後、フッと笑って答えた。


「何者でもない。僕は『ネモ』だからね」


 それから銃には目もくれず、ミュラーを見据えたまま問い返す。


「ドラックには、超能力を目覚めさせる力なんてないんだろ?」


「その通り。あの噂は私が流したものだ」



 一度死を経験した人間は、特別な力に目覚めることがある。


 ミュラーも、その中の一人であった。


 自殺に失敗し目を覚ました時、ミュラーは奇妙な能力に気づく。それは一目見ただけで相手の特技を見抜き、それを極限まで成長させるというものだった。つまり〝超能力〟と呼ばれるものは、極限まで伸ばされた技術である。


 バーンズの狙撃も、アーシャのPCスキルも、極まった技術は超能力と変わらない。ジョンの洞察力と推理力が、恐ろしく優れているように。



「喜べ。超能力者を目覚めさせたのも、『PBI』を設立させたのも、全ては君とのゲームの為だ」


 それだけではない。ただ相手と目を合わせるだけで、相手の考えを読むこともできるのだ。


「君の考えていることは手に取るように分かる。隙を見て銃を奪い私を殺す。だろ? なにをしようが無駄だ。私には君の考えが読めるのだから」


 圧倒的優位に立っているはずのミュラーに返ってきたのは、フンという軽蔑したような笑いと、嘲るような低い声だった。


「銃を突き付けて自慢話か? どこまでも底の浅い虚栄心だ」



 分かっている。これは挑発だ。ジョンは待っているのだ。ミュラーが隙を見せるのを。


 だから考えを読むことを止めるわけにはいかない。たとえジョンが、ミュラーを殺す方法を考えているとしても。


 ――銃を奪い、四肢の関節を撃ち抜き動きを封じ、いたぶる。


 バカな。自分がそんな隙を見せるはずがない。


 ――ならばライターを使い、それを口の中で爆発させる。


 ミュラーはたじろぎそうになった足に力を入れてその場に立つ。そんなこと、成功するはずがないではないか。第一、そんなことをすればジョンの手も使い物にならなくなる。そんなことをするはずが――いや。


 本当にそうか? 自分を殺す為ならジョンは迷わずやるだろう。ミュラーにはそれが分かる。分かってしまう。チラリと、原始的な感情がミュラーの心に影を落とした。


 ――隙を見せないなら、爆弾を使って道連れにするか。


 ゾクリ、とミュラーは体を震わせる。背中を、冷たい汗が滴り落ちた。



「よせ、止めろ……」


 呻くようにミュラーは言う。


 ――それとも、ライターとアルコールを使って火だるまにしてやろうか。


「考えるな……」


 ――或いは……


 ミュラーは息を呑んだ。駄目だ、これ以上読んではいけない。だが読まなければ、なにか実行されてしまうかも。だが、しかし……


 ――お前の息子を殺したのと同じ方法で殺してやろうか?



「っっ!!」


 ある光景が、洪水のように頭に流れ込んできた。


 むせかえるような血の匂い、骨が折れる音、銃の発砲音、火薬の匂い、悲鳴、罵倒、命乞い……


 息子の姿が、死に様が、ありありとミュラーの脳裏に焼き付き……


「うぁああああああああああああああああああっ!!」


 叫び声をあげ、ミュラーは発砲した。全ての弾を撃ち尽くした銃は、カチカチと虚しい音を立てた……

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