第43話 復讐の果て⑤
声だけではない。ジョンの視線は、恐ろしく冷たく暗い。まるで、むき出しの刃物のような鋭さがあった。
それを受けてなお、リヒターは口元に薄笑いを浮かべていた。
この男こそ、自分の姉を殺した組織のボスであると、ジョンは確信していた。
「元気そうだね。爆死した人間にしては」
「君ともあろうものが見た目に囚われるとはな。まさか、ここへ来たのも偶々か?」
ダークスーツを着たリヒターは、明らかにジョンを挑発していた。
和やかな雰囲気とは程遠い。武器を向けているわけでもない、怒鳴っているわけでもない、にも拘らずこの空間には、いつ切れるとも分からぬ緊張の糸が張り詰めていた。
そして、その糸を切るはさみは、両者の手に握られてもいるのである。
「私の息子となにを話していた?」
「お前の親父は極悪人」
ジョンの答えがおかしかったと見えて、リヒターはクックと笑った。
「確かに私は善人ではないが……君には負けるよ」
わざとらしく肩をすくめ、リヒターは唇を皮肉な形に歪める。
「かつてイギリスの政治思想家は言った。〝悪人が栄えるために必要なことは一つ。善人がなにもしないこと〟。だが悪は栄えるものだ。なぜなら、我々は賢いからね。私は『ヴェンデッタ』という帝国を作り上げ、君は大勢の人間を翻弄し、また命さえ自由にしてきた。善人がなにをしようが、我々が賢ければ悪は栄える」
「お前の演説に興味はない」
吐き捨てるように言って、ジョンは顔の前で軽く手を振った。
「教えておこう。全ての超能力者は、私によって能力を開花させている。それもこれも、君とのゲームのためだ」
「ご苦労様、とでも言ってほしいのか?」
「分かるか? 私がどうやって今回の事件を仕組んだか」
「それを話してどうなる。褒めてやれば、お前の底の浅い虚栄心は満たされるのか?」
「正直に言ってみろ。分からないんだろう?」
ジョンはフンと鼻を鳴らした。徴発を受けて立つというように、リヒターを見据える。
「超能力をどうやって目覚めさせているかは分からない。お見事。でも事件のほうは簡単だ。子供のナゾナゾだよ」
被害者遺族の連続殺人、爆弾を仕掛けた際の声明文、車の爆発騒ぎ、〝式典〟でのテロ。それらを遂行できるのはリヒターしかいないのだ。
声明文は自分に送るだけなのだから簡単だ。車の爆弾も、ただ自分の車に仕掛けるだけだ。〝式典〟でのテロも、リヒターが仕組んだもの。
そもそも〝爆弾テロ〟という計画自体、絶対に外に出てはならないタブーだ。〝式典〟でのテロは、捜査官を欺くための罠だった。
〝式典〟でのテロに現実味を持たせるため、『PBI』本部を爆破した。そして自分も死んだことにした。
『ヴェンデッタ』は、捜査官たちが考えている以上に巨大な組織だ。
超能力者のみならず、法執行機関の人間から一般人もいる。そしてその中には、検視官も含まれている。彼に命じ、自分のDNDデータを改ざんさせ死を偽装したのだ。
それだけではない。
「捜査線上に浮かんだ二人の容疑者。あの二人も『ヴェンデッタ』の構成員だ。お前が命じたんだろ? 全ての犯行現場へ行くよう、メールで」
「それで? あの二人を逮捕したというわけか」
「逮捕? フン、そんな真似しないさ。あの二人はもう『海上都市』にはいないだろう。僕が逃げるようメールを出したからね」
リヒターは「ほう」と顎を撫で、「どうやって?」と面白そうに問うた。
「お前があの二人に送ったメールは、いずれも一定の間隔でミスタイプがあった。それがメールが〝本物〟であるという証だ。一字一句ミスなく打たれたメールは〝偽物〟である証。その場合は、すぐに逃げるよう命じておいたんだろう? 二人はいまごろ、空の上だろうね」
「見事だ。さすがに賢いな」
「というより、お前が自分で思ってるほど賢くないんだ。言ったろ? 子供のナゾナゾだって」
嘲笑うように言うジョン。彼の目は、人を見下すことに慣れた冷たい光を帯びていた。
ジョンは分かっているのだ。リヒターの正体を。その本当の名前を。
『ヴェンデッタ』とは、ラテン語で復讐を意味する。より正確には、親族の殺人者に対して復讐を行う状態を指す。組織の名前は、リヒターからジョンへのメッセージだった。
つまり、リヒターこそ『ネモ』事件の被害者遺族、現在行方不明となっている『ネモ』事件最後の被害者遺族。
「そうだろ? エリアス・ミュラー」
「その名前で呼ばれるのは久しぶりだな」
ミュラーはフッと口元を微かに皮肉な形に緩め、
「私の名を覚えていたのか」
「被害者とその遺族に関することは全て覚えてる。自分のしたことを忘れないようにね」
「よかったよ」
ミュラーは安心したように言って、ジャケットのポケットから黒く鈍い光を放つ物体を取り出し、それをゆっくりとジョンへと向けた。
「これで心置きなく、君に復讐できる」
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