分け合ってよ

私貴方私

あなたは分けてくれない

「悲しいことなんてさ、分け合えば乗り越えられるよ」


あなたの口癖はもう聞こえない。

私はゆっくりと拭う。

悲しい時、あなたはいつも隣にいてくれた。

嫌な事ばかりだった世界から連れ出してくれた。


「嘘つき。私のばっかり分け与えて、君のはなに一つ分け与えてくれなかったじゃん」


あなたはいつもそうだった。

分け合ってくれたことなど一度もなかった。

そんなあなたが好きで、嫌いだった。


「ねえ、名前を呼んでよ」


あなたは物覚えが悪かった。

いつも私の名前を間違えていた。

それでも愛を囁くのは人一倍上手かった。

そんなやり取りも懐かしい。


「もっと一緒にいたかったなぁ」


たくさんの人に好かれる人だった。

いつも色んな人達に囲まれていた。

それでも私と一緒の時は、私だけを見てくれていた。

きっと葬式にもたくさん人が来るだろう。

だから、最後だけは独り占めしたかった。


「暗いのも狭いのも嫌だよね」


黒い服は嫌いだ。

あの頃の塞ぎ込んでいた自分を思い出す。


指輪を拾う。

ハンカチで着いた汚れを拭う。

私が誕生日にプレゼントしたものだった。

あなたはいつも肌身離さず着けてくれた。

持っていけるものはこれだけだろう。

他はここに置いていく。


遺品となってしまったそれを優しく撫でる。

なにかの金属でできた指輪は冷たく湿っていた。

錆びた金属臭がツンと鼻腔を刺激する。

もうここにもあなたの温もりは感じない

しかし、真っ暗な部屋の中で、これだけが私の瞳に映る唯一だった。


そうだ遠くへ行こう。

誰もいない場所がいい。

あなたは海が好きだったよね。

夜の海はどんな所だろうか?

あなたは今度の休みにバイクで連れて行ってくれる約束をしていた。


海に行って何をしようか。

そうだね。

水に浸かって星を見よう。

そして、いつもみたいに競争しよう。

一番近くで光る星を見つける競争。


空気が綺麗な場所だったらいいな。

もしかしたら、あなたを見つけられるかもしれない。


手袋を捨てる。

悲しいけれど、ずっとここにいるわけには行かない。

あなたを跨ぐ。

遠くでサイレンの音が聞こえる。

何処かで火事でもあったんだろうか?


外へ一歩踏み出す。

足の裏がひんやりと冷たい。

私はそっと玄関の扉を閉じた。

鍵なんて持っていない。

もう必要ない。




「バイバイ」






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■ あとがき

完読ありがとうございます。


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