狂おしい

 可愛げのない文字、言葉だと、日記をめくる度に僕は思う。


 きみが吸っていた煙草は、男っぽいから好きではなかった、ライターもなあ。


 憎くて堪らなかった。

 心底嫌いだ、今でも。


 


 他人を殴れば痛いと気づいたのはきみをぶん殴った時で、不細工になった笑顔をみて、怒りが燻った。


 ──そりゃあそうだ。

 

 僕が殴ったから腫れたのさ、僕が悪い。

 けど、殴られた、きみもそれなりに悪い。


 

 思い返せば、きみの嫌いなものばかり覚えている、きみの好きなものは正直言って覚えていない。


 

 ぽつりと並ぶ、お墓の前で手を合わせる。

 

 きみが駆け出してきて飛び蹴りをした、ことを思い出す。そうそう、こんな風に知らない他人のお墓の前で、きみのことを悼んでいたからだった。


 確か、その翌々日、昔ふたりで撮った額縁の中の記念写真を慈しむように指でなぞっていたら。はっ倒された。


 ──あれはほんとに、きみの誤解、そこまで悪ふざけするわけないだろ。



 僕だって、純粋に慈しむこともある。


 

 こうやって思い返してみると、僕よりきみの方がよほど酷いことばかりしている、気がするんだよなあ。


  

 きみが泣いたのは、ペットが亡くなったときだけ。いや、友達の結婚式で隠れて泣いていたのを、実は僕も知っている。


 きみにも人並みの心があるのか、と思っていたけれど。訂正するよ。


 ──うん、なかった。


 

 きみは、僕がほんとに傷ついた時「おめでとう」と言った。実に嘆かわしい限りだね。


 

 最後の季節。

 きみが僕のせいで傷ついた、嬉しかったなぁ。僕のせいで傷つくきみに。



 たぶん、これはいわば欠陥だ。 

 充たされる方法が、手段が、僕にとってはなんだってよかった。


  

 終わりは、いつだって、誰にだって訪れる。

 


 こんな手紙を、きみがみたらどう思うか?


 酷く傷ついてくれるだろうか?

 それとも、笑い飛ばすだろうか?


 充たされ過ぎたせい。

 そんなものだ、終わりの理由など。


 きみが傷ついていく度、僕は心が充たされたんだ。でもこれは正しくないらしい。


 僕の言葉に、態度に、傷つく、きみのことが嫌いではなかった。苦しみ傷つけと怨嗟を吐くことは、あまり楽しくはなかった。


 奇妙な関係性の上に成り立った僕らをなんと呼べば良かったんだか、と。今でも思う。



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