遺品

 亡くなったのは突然のこと、予兆があったわけじゃない。


 ほんとに唐突で慌ただしく、心の整理もつかぬまに急かされ。


 だから悲しいとかそんな気持ちは置き去りで、なにも感じなかった。




 遺してくれたのはたったひとつ、栞。

 特別なものではないけど思い出を共有してくれている気がして、嬉しいと思った。



「何かしてあげられたろうか」


 悲観にくれるようになったのは、亡くなってどのくらい経った頃だったか。


 寂しくはなかったか、苦しくなかったか。そんな想いが溢れ、泣きながら眠ることが増えた。


「赦してほしい」


 懇願し、請うようになった。


 栞をみる度に胸が痛み、耐え難い。


 ──何を間違えた? 


 ──何処で間違えた?


 あなたを手にかけてしまったこと、だったのかも。手に入れたかった。人へ笑いかける顔も、あなたのすべて。



「一度だって見てくれたこと、あった?」


 だから仕方なかった。


 少々の犠牲だと思えば、なんだってできた。慈しむ心に嘘はなかった。


 

「返して」


 誰も聞き入れてくれない。


 わたしのことを勝手に決めつける。


 椅子。


 手を繋ぐならあなたが良かった、こんな冷たい手錠なんかじゃなくて。


 気のせいか、人のすすり泣く声や責め立てる声を聞いた気がした。



 あなたは目の前に立っている。


 誰もなんとも思わないらしい。


 それよりあの栞はどこ?


 確かあなたと出会ったのは、春頃、木々の生い茂る街道のベンチ。


 責め立てるような、あなたの顔は未だ目の前にある。何か言いたげで何も言わない。いや、言えないのかもしれない。


 殺めた明確な理由は思い出せない。


 欲しかったあの栞、が。

 

 一目みた、あの日から。


「たったそれだけだった」


 何か言いたげなあなたの顔は消えた。


 ほんとは、あなたのことはどうでも良かった気もする。栞を手に入れたかった、だけだったかもしれない。


 順番が逆だった気もする。


 栞を手に入れたかったから奪って、あなたを殺めてしまった、そんな気がする。

 

 でもそれは些細なこと。


 重要なのは手に入れること、それだけだった。


 わたしの栞。


 あれを手にした時、邪魔する者は殺してしまえと聞こえた気がした。


 それだけだった。


 あんなもの、ほんとはどうでも良かった。触れたら手に入れたい気持ちが、膨れあがったのよ。

 

「なんで、こんなことしたんだろ」


 あなたを手にかけた理由も、栞をあんなに手に入れたかった理由も、覚えていない。


「一目惚れって感じだったのよ」


 それだけで充分だったの、わたしには。




 栞と呼ぶにはあまりに汚い、何か。

 それを求めたがる人は今まで何人もいた。


「あんなもの、なければ」


 そう思ったのはあの人が亡くなった時。


 あれはいつだって人を惑わせ狂わせた。

 


 悪用した理由は強いて言えば、犯罪にはならないから。証明できっこないもの。

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