こんな夜にはご注意を

 ──道をひたすら全速力で走る。


 着の身着のまま。パイロンにぶつかってよろける。それでも僕は突っ走った。ほんとなら楽しい日々になるはずの夏休み。


 ──勢いそのままアスファルトに転げた。


 あちこちぶつかってできた身体中の傷。痛みで泣きたくなった、それでもなんとか立ち上がり歩く速度をはやめた。



 ⋯⋯⋯⋯コツッ⋯⋯コツッ⋯⋯コツッ、コツッ。


 どうしてこんなことに。そんな気持ちはしまって駆け抜けることに全振り。今は止まるべきじゃない。あの足音が追いついてくるかもしれない。


 ───見慣れたはずの街並みは、夜に。


 形を変えてしまったように感じ、孤独感に苛まれてしまった。帰る場所は何処にもない。頼るべきあてはない。


 ──何だっていい、今は逃げなければ。


 ポケットに、押し込んだスマホは、知らない番号からの通知を告げるばかり。まるで僕を、せせら笑っているようだ。


「みぃーつけたぁっ」


 後ろを振り返る。誰もいない、安心して、前を向こうとした僕の背中に手の感触が触れた。


「だめじゃないか」


 そう言ったのは知らない人。


「な、何言ってんですか? 僕は⋯⋯」


 はやくここから逃げ出さないと。家には帰れない。もうだめ。だからっ。


「ご両親がまだいるのに? だめじゃないか」

「は?」


 いきなり失礼な人だ。この人はヤバい本能的にそう感じる。けれど、追いかけてきたあの足音も聞こえてこない。


 ──どうすれば?


「学生がこんな時間に歩いてちゃだめだろ? さあ、帰った、帰った」


 そう告げる声を最後に気を失った。




 いつの間にか家のソファに横になっていた。


  ──夢? いや、そんなバカな。


 身体中には転んできた怪我がいくつもある。痛みに呻く。この家から出なければ。



 ──誰だ?


 髪を染めた背の高く若い男。それが家の玄関に立っている。こんな奴は知らない。


 そいつを視界に入れた瞬間、にじりよられたわけでもないのに、後退りしてしまった。


 まず人ん家に、勝手に入って来てる時点で十中八九まともじゃない。


 後退りしてると、壁に背中をぶつけてたまらず呻いてしまった。が、今はそんなことに時間は使ってられない。


 


 そもそもどうしてこんなことになったのか、未だに理解できないでいるけれど、理解なんて今はできたところで解決しないことだけな確か。 

 

 漠然とした絶望が心の中を埋め尽くした。



 

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