夢野久作 ドグラ・マグラ(俺的解釈)

脳病院 転職斎

第1話

文学を広めるために短文でネタバレするシリーズ


ドグラマグラ

目を覚ますと、ワタシはコンクリートの部屋に閉じ込められていた。何故自分がここにいるのかも分からない。ここは一体どこだろう?


「ようやくお目覚めですか。」


身なりがしっかりした初老の男性が入って来てワタシに声を掛けてきた。


「ここは九州帝国大学精神病院の閉鎖病棟です。今日は大正15年11月20日です。」


と、初老の男性は言う。


ワタシには状況がさっぱり分からない。


すると、隣の部屋から、お兄さまあ。。と女性の声が聞こえて来る。


初老の男性は答える。


「彼女はあなたの婚約者です。あなたが半年前に彼女の首を絞めて以来、彼女はずっと昏睡状態にあります。あなたは自分が何者なのかを思い出せずにいます。」


???


この男は何を言っているのだ?ワタシには何のことだかさっぱり分からない。


初老の男性は答える。


「申し遅れました。私は法医学者の若林と申します。状況を説明します。あなたはある重要な事件に関係していて、私達はその事件を解明しなければなりません。しかし事件の真相はあなたにしか分からないのです。だから、私達としては何としてでもあなたに記憶を思い出して欲しいのです。」


スカラカチャカポコチャカポコ。。。


どこからか木魚の音が聞こえて来る。


「あなたに聞こえている木魚の音は、ひと月前に自殺された精神医学の権威・正木博士の、精神病者解放運動の活動の様子の音です。」


はぁ。一体何のことなのか。


若林は答える。

「博士は、諸国放浪時に木魚を叩き唄いながら、現代のおそろしい精神病者の扱いと現代文明を批判してキチガイ地獄外道祭文を訴えておりました。 


博士は、地球表面は狂人の一大解放治療場だと仰り、脳髄は全身全細胞の情報交換所にすぎないとも仰っておりました。


また、博士によると、胎児は体内にいる10か月のあいだに生物進化を反復して、その夢を見ているそうです。


そして、あなたに一番伝えたいことは、博士の空前絶後の遺言書です。今から別の病室の患者をお見せするので、私について来て下さい。」


???


何のことだかさっぱり分からない。


ワタシは言われた通りに若林についていく。すると、別室に一人の男性が横たわっている。あの人は誰ですか?ワタシは若林に尋ねてみた。


「彼は、先程お兄さまと悲鳴をあげていた女性の夫です。彼の名前は呉一郎と言います。


一郎には、その2年前にも実母を絞殺した容疑が掛けられておりまして、解剖を担当した私は、別の少女の遺体を呉一郎の妻モヨ子に仕立てて、本当のモヨ子をあの通り蘇生させました。


私には一郎は犯人だとは思えず、博士の言う、ちょっとした刺激で人間は祖先にあった記憶が蘇るという心理遺伝の説と同じ方法で、ある刺激を一郎に与えることによって、一郎の中に潜む祖先の記憶を蘇らせようとしました。


そうして、その刺激を与えた人物を一郎が思い出せば真犯人が突き止められるのではないかと思い、そのために博士に一郎の精神鑑定を頼んだのです。


と言うのも、呉家には大昔、死んだ美しい愛妻の姿を巻物に写し置こうとしたところ、写し終わらぬうちに死体が腐乱しだしたために狂死した当主がいたとの言い伝えがありました。」


???


聞けば聞くほど何を言ってるのかさっぱり分からない。何も知らないワタシに何を思い出せと言うのか?


「唐突にあなたに刺激を与えてしまったので、少々あなたを混乱させてしまったようです。申し訳ありません。


それでも、事件の真相を明らかにさせるためにはあなたに記憶を思い出してもらわなければなりません。あの本をご覧下さい。


私の説明だけで、あなたが一気に全ての記憶を取り戻すことは不可能なので、一郎の書いた本をお渡し致します。これをお読みしていただければ、何かあなたは思い出すはずです。」


よく意味が分からないのだが、この本を読めばワタシは記憶を取り戻すのか?ワタシは本を手に取った。


ドグラ・マグラ?


奇妙な名前の本だった。


……ワタシがそれらを夢中になって読んでいると、目の前に死んだはずの正木博士が現れた。


あなたは亡くなられたはずでは?

ワタシは博士に尋ねた。


「いいえ、私は生きています。今日は10月20日です。」


??


ワタシの中で何が起きているのだ?

ワタシは、ふと窓外の解放治療場を見た。


すると、そこには一郎の姿が見える。


「あなたは少しずつ記憶を取り戻しておりますね。ちょっと話が長くなりますが、ここで一郎の先祖のことについて説明させていただきます。


昔、唐時代の中国に、皇帝に召し抱えられていた呉青秀という名画工がおりました。


青秀は、悪性を敷く皇帝を諌めるために妻を絞殺して、その腐り行く姿を巻物に写し、世の儚さを皇帝に訴えようとしました。


しかし、青秀が巻物を完成させてすぐに皇帝は崩御されてしまい、青秀の苦労は水の泡になりました。


そのために青秀は発狂しましたが、青秀は亡き妻の妹との間に子供を設けた末に、生まれた子供とその絵巻物とを九州に伝え残しました。そして、その末裔達が現在の呉家です。」


…これがドグラマグラの内容なのか。

ワタシはその絵巻物を見せられた。


すると、ワタシはあることに気がついた。


なんと、巻物に描かれた死体の女が、先ほどの隣室の女性にそっくりなのである。


!?


ワタシは、呉一郎にこの絵巻物を見せた者こそが犯人だと理解した。犯人を突き詰めてやる!

ワタシは博士に宣言した。


「それはお辞めになった方が良い。あなたは必ず後悔することになる。。」

博士はそう答えた。


何故ですか?あなたはワタシの記憶を取り戻して事件を解決させたいのではないのですか?


「いえ、あなたは知ってしまうと必ず後悔しますよ。。」後悔などしません!本当のことを教えて下さい!

ワタシは博士の言葉を遮った。


すると、博士は恐ろしいことを言い出した。


「では教えます。一郎に巻物を見せたのは私です。


一郎の母を絞殺したのも私です。私がやったことは外道です。それでも、


それでも私には、世界の遅れた精神科医療を発展させるために、心理遺伝に基づいて一郎を発狂させる必要があったのです。


何を隠そう呉一郎の父親は私なのです。」


。。。ワタシは怒りが込み上げて来た。


博士、あなたは人でなしの殺人鬼だ!


あなたは医学の発展のためだと言い、そのために罪もない一郎を発狂させ、あまつさえ母親まで殺害している!


そして、その罪をワタシに背負わせたいのだろう!? 、、、その罪!? ウッ。。。


ワタシニツミヲオワセタイ!?。。。


「そうだ。ようやく気が付いたか。お前は私の息子、一郎なんだよ。」


スカラカチャカポコチャカポコ


スカラカチャカポコチャカポコ


スカラカチャカポコチャカポコ


メタァァ・・・。


ソノシュンカン、ジクウハコワレテ、ワタシノメノマエハマックラヤミニナッタ。


あ――ア――ああア。扨さても昔のその又昔。むかし昔のその大昔。科学知識の進まぬ頃では。人の身体からだの病気というても。人の心の病気と同様。何が何やら解らぬために。診察治療が当てズッポーだよ。家相、方角、星占いだよ。何なんぞ彼かんぞの障さわりというては。祈祷、禁厭まじない、御神水おみずじゃ、お守札ふだじゃ。御符ごふうなんぞを頂戴させて。どうぞ、こうぞで済まして来たが。それじゃ治療なおらぬ病気の数々。そこで薬が発見されます。服のめば病気がケロリとよくなる。それをたよりに調べた揚句あげくが。人の病気は身体の中の。ここが斯様かように狂うが原因もとじゃと。わかった理屈が医学のはじまり。今では解剖、生理に病理。医化学、細菌、薬物そのほか。外科じゃ内科じゃ、皮膚科じゃ、耳鼻科じゃ。眼科、整形、婦人や小児と。隅から隅まで手に品かえて。水も洩らさぬ器械やお薬。人の身体の狂いを治療なおす。科学知識の大光明が。日々に明るく輝やき渡るよ……スカラカ、チャカポコチャカポコ……”


“あ――ア。日々に明るく輝やき渡るが。これに引き換え精神病だよ。人の心の狂いを治癒なおす。医者の診察、手当ての仕方は。ドンナ進歩をしたかと見ますと。ズント昔は精神病者を。神の心が移ったものと。畏おそれ敬い礼拝したり。又は生き霊、死霊の所業しわざと。物を供えて大切だいじにかけたが。それはまだしも処によっては。こいつに悪魔が憑ついたというので。その頃お医者と裁判官の。役目をしていた僧侶ぼうずや巫女みこが。見付け次第の指さし次第に。槍やりや刀剣かたなや、投げ縄、弓矢。棍棒こんぼう担かついだ役人共が。片かたっ端ぱしから頭を砕いて。手足胴体チリチリバラバラ。焼いて棄てたり樹の根に埋めたり。ちょうどこの節お上かみでなさる。狂犬退治とおんなじ仕置しおきじゃ。これが精神病者に対する。最初の診察最初の治療じゃ。キチガイ地獄のイロハのイの字じゃ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

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夢野久作 ドグラ・マグラ(俺的解釈) 脳病院 転職斎 @wataruze

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