都市は生きている

伽墨

うごめいています

ある朝のこと。

水を飲もうと思って蛇口を捻ると、真っ赤な血が流れ出てきた。


「血だ」


ぼくは呆然とした。本来ならば透明な水が出てくるはずのその場所から、むわりと生臭い匂いを放ちながら血があふれている。これでは朝の水分補給ができない。困ったな。ぼくは近所のコンビニに行って飲み物を買おうと思った。


ところが、コンビニの様子が何やらおかしい。

中を覗くと、床一面に生首がごろり、ごろりと転がっている。


「首だ」


戦国時代でもあるまいし、現代に首だけ転がっている理由が分からない。だが喉の渇きは生首の存在とは関係ない。恐る恐る中に入り、冷蔵庫のペットボトルを手に取った、つもりだった。


ぐにゃりとしている。明らかにプラスチックの感触ではない。

見ると、それは人間の腕だった。


「腕だ」


冷蔵庫の中はすべて腕で埋め尽くされていた。ネイルをした女性の腕もあれば、高級時計をつけた男性の腕もある。コンビニの中はバリエーションに富んだ生々しさがあり、どうやらここで飲み物を手に入れることは到底できそうになかった。ぼくはコンビニを後にした。


外に出ると、異常はさらに広がっていた。


アスファルトをよく見てみると、それは腸のかたまりだった。腸だから、蠕動運動をするわけだ。ゆっくりと波打つ腸を眺めて、ああ、ぼくの体の中にもこれがあるんだな、などと考えた。


信号機の様子も変だった。信号のライトがあるべき場所にはたくさんの目がクモの複眼のように並んでいる。目たちはぎょろりと四方八方を見渡し、てんてんと瞬きをしている。交通違反をする車があったら、すぐ気がつくだろうな。そんなことを思った。


遠くに見えるビルの窓はもはや透明ではなく、人の肌のような色をしていた。たぶん、あれは皮膚なんだろう。ぼくは確かめる気さえ起きなくなっていた。


ぼくは何もかもがいかれた世界で立ち尽くす。そして、しばらくして気がついた。


ああ、この都市は生きているんだ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

都市は生きている 伽墨 @omoitsukiwokakuyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ