えはがき
彼女と大喧嘩をしたという親友が、またも破局の危機だと、彼女との共通の親友である俺に泣きついてきた。金曜日の夜のことだ。
実は数日前に、彼女の方にも泣きつかれているんだけどね。
「どうしよう、俺、このままじゃ本当に振られるっ!」
彼女も似たようなこと言ってたな。もっとも彼女の方は、「もう、別れたほうがいいかな」だったけど。
なんて言えるはずもなく、テキトーに返事をする。
「え? また?」
「そんなこと言うなよ、助けてくれよ」
親友は今にも泣きそうな顔で、バッグから取り出したものを俺に見せる。
それは、1枚の絵葉書。
『土曜日ここで待ってる。来なきゃ別れる』
そんな文言とともに書かれていたのは、子供の絵と、ひらがなの『の』と、島の絵。彼女が描いたものと思われた。
「なぁ、これ分かるか? 俺、ぜんっぜん分かんねぇんだよ……一昨日これが部屋に置いてあってさ。彼女とは全然連絡取れなくて。だから絶対にここに行かなきゃなんないのに」
あーあ。情ねぇ顔しやがって。
そんな顔するくらいなら、もっと彼女を大事にしろや。つーかお前、何したの?
と言ってやりたいところではあったが、優しい俺は親友にヒントその1を出してやった。
「彼女との思い出の場所、とかじゃねぇのか?」
「え……どこだろ? 初めてデートしたとこ? 映画館だぞ? 初めてキスしたとこ? 俺の部屋だ。いや、告ったとこか? だったら車の中だけど。それとも初めてだい」
「ストップ。心の中で言え」
周りに人がたくさんいる居酒屋で、要らぬ情報ばかりをダダ漏らす親友を止め、ヒントその2を出すことにする。
「絵葉書、だよ」
「見りゃ分かる」
「よく考えろ」
「……考える? 何を?」
ほんと、世話が焼けるなこいつら。
と、ため息を吐きつつ、俺は読み方を変えて、区切って、大ヒントを与えてやった。
「え
「は?」
「ちなみにこの子供、ガキ、とも言うよな」
「あ、うん」
「『ガキ』を『え』に置き換えてみろ」
ポカンとして数秒間俺を見た後、親友は改めて絵葉書に書かれた絵と文字を見る。
そして――
「わかった!」
歓喜と安堵の声を上げて、俺に抱きついてきた。
「ありがと! ありがとな!」
「ここ、お前の奢りな?」
「もちろん!」
そんな訳で、俺は親友の奢りでたらふく飲んで食ってやった。
まぁ、数日前は彼女の奢りでたらふく飲んで食ってやった訳だが。
何を隠そう、彼女にこの絵葉書の提案をしたのは、俺だ。
ほんとに世話が焼ける奴らだよ。
明日の土曜日。
朝からソワソワしながら彼のことを彼女は待っているだろう。
そして彼は、イソイソと彼女の元へと馳せ参じるのだ。
待ち合わせ場所は、江の島。
彼女曰く、彼と2人で綺麗な夕陽を見て、感動した場所らしい。
知らんがな。
まったく。
【終】
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