パズル
彼氏と大喧嘩をしたという親友が、彼氏との共通の親友である俺に、相談に乗ってくれと泣きついてきた。彼氏の体調をえらく心配している。実は先日、彼氏の方からはまたも「破局の危機だ!」と泣きつかれたんだけどね。
「で、なに?」
全国チェーンのカフェでアイスコーヒーを飲みながら、彼女に話を促す。アイスコーヒーはもちろん、彼女の奢りだ。
「あの人、大丈夫かな……あたしがあまりにキツく言っちゃったから、おかしくなっちゃったのかも」
泣きそうな顔で彼女はスマホを取り出し、彼氏からのメッセージを俺に見せる。メッセージは次のようなものだった。
――おごけめにんなおさけい。
――はけおんせにいふてまおすけ。
――ゆけるふてにくけだにさおいけ。
――薬缶。おにぎり。ふ菓子。
「もしかしてこれ、あたし宛じゃないのかな」
「いや、キミ宛てだと思うよ?」
訳が分からないといった顔の彼女。
あいつ、意地が悪いな。ささやかな抵抗のつもりか? それにしても『薬缶』は無いだろ、『薬缶』は。
とは思ったものの、そのまま彼女に伝える訳にはいかず、最初のヒントを彼女に伝える。
「『薬缶』、違う言い方してみ」
「……湯沸かし?」
渋いなおい、久し振りに聞いたぞ、その言葉。
なんて言ったら機嫌を損ねそうだから、とりあえず飲み込んで正解を促す。
「英語では?」
「ケトル」
「うん。け、取る、だ。『け』を取ってみ」
彼女は彼からのメッセージをメモアプリにコピーし、言われるままに『け』を削除しているようだ。
「したけど……?」
「次、『おにぎり』な」
「え?」
「『お』と『に』を切る」
「消せばいいのね!」
再びメモアプリを操作する彼女。
これでまぁ、ほぼ意味はわかるだろうが、最後の仕上げまで付き合ってくれるだろうか。
「……『ふ菓子』は?」
お、付き合ってくれるのか!
若干喜びが顔に出てしまっただろうか。
まぁいい、気付かれてはいないようだ。
「『ふ』 が 『し』だ 」
「なるほど! 『ふ』を『し』に変えるのね!」
三度メモアプリと向き合い、彼女は最後の仕上げに取り掛かる。
そして――
「なんで素直に言えないかな。こんな手の込んだことするなんて」
呆れながらも、現れた言葉に彼女はかなりご満悦のようだ。
――ごめんなさい。
――はんせいしてます。
――ゆるしてください。
良かった。
これでこそ、俺があいつの相談に乗ってやった甲斐があるというものだ。彼女には言えな……
「ていうか、これ、あなたのアイディアでしょ?」
ありゃ、バレてらぁ。
「つーか、キミらいい加減、俺を巻き込むのやめれ。あ、俺ケーキも食いたい」
「了解」
「チョコレートケーキな」
「はーい」
ご機嫌な様子で、彼女は席を立ってレジへと向う。俺のチョコレートケーキのために。
しかしほんと、いい加減、痴話喧嘩に俺を巻き込むのは勘弁してくれと思いつつ。
このキューピッド役、なかなか楽しいから、まぁいいか。
【終】
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