第3話 避難船到着

位置・時間・環境・触媒・法陣・詠唱。

”魔術”という浪漫ロマンがもつ力。

それは、とある者達を深淵へと駆り立てる。

人々は、彼らを”ウィザード”と呼んだ。


アヴメフ期1000年。

世界は、悠久の平和を謳歌していた。

世界には2つの国しかなく、その間に争いは無い。

人の魔術を得意とするアヴァケロン王国。

機械の魔術を得意とするメフィスト王国。

違いはあれど、互いに歩み寄りながら進んできた。

しかし、そんな平和は長く続く筈がなく……


【アヴメフ期1015年・クーフリン島】


「ファムの馬鹿!」

強かな、平手打ち。

女の子というより、母親から受ける”神罰”のような痛みに近い感覚。

ほのかに朱色に染まった頬が、ひりっと痛む。

全く持ってその通り。

ハイリーが居なければ、僕は死んでいた。

それも、十中八九。

僕は、もっと冷静になるべきだった。

「ごめん、ハイリー。」

もう一発、逆の頬。

続く言葉は……ない。

短く重く、それ故に代えがたい沈黙。

彼女の目が、僅かにたじろぐ。

「死んじゃう、所だったのよ?」

確実な死。

魔術にかまけて注意を怠り、戦争にすら気付けない体たらく。

勝ち目のない戦いに固執する、その性格。

自爆未遂に、重度の怪我、その他もろもろ。

ハイリーはかつて無いほどに、静か。

かのドン・キホーテですら笑うに違いない状況だった。

僕は、最低だ。

間抜けなことをして、ハイリーを危険に晒した。

強くないくせに格好つけて、ボロボロにされて。

ハイリーに頼りっきりで。

反省するところしか無い。

ハイリーはずっと、僕を見ている。

目をそらさず、強く、ただ強く。

「……。」

僕らは、避難船の中にいる。

退魔物処理が施された、木造の船だ。

僕らが泊まっている部屋は小さい。

ギリギリベットが2つある寝室と、バスタブなど。

最低限のものが置かれている。

ちなみに、ハイリーの家族は生きているらしい。

本当に良かったと、話を聞いていて安堵したものだ。

しかし、同じ船に乗っているわけではない。

状況が分からないのが、不安だ。

現状、家族と会う手段は無い。

それぞれ向かう進路は別だし、この戦争だ、移動手段も制限される。

僕の家族は生死すら不明だ。

まあ、生きているには違いないが。

僕の家族が欠けるなんて、地球が公転を辞めるくらいありえない。

なぜなら、B型だからだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

ハイリーはきっと、心配している。

取り付けられた窓から、目を細めている。

僕がヘマしていなければ、今頃は……。

「大丈夫よ、きっと。」

ハイリーは少しだけ微笑んで、目を合わせる。

外からは水しぶきが絶えず上から注いでいる。

揺れ続ける波が船にぶつかり異質な音を立てるが、それよりも僕はハイリーが気になった。

今、ハイリーは何を考え、どうしていきたいのか。

もちろん家族に合うことが一番大切だ。

それは最優先にすべき事柄と言える。

けれど、その後は?

生まれ故郷はすでに、敵の手中に落ちている。

見た目こそ綺麗だが、その裏には闇が潜んでいる。

僕らが見る夢は果たして、変える場所がなくても描けるものなのだろうか。

水しぶきはどんどんと強くなり、あの分厚い窓さえも割ってしまう気がする。

そして、ハイリーと僕を飲み込んで何処までもうねるのだろう。

外に落ちる雷が、自分に落ちると思う人間は居ない。

僕はその時初めて、あの雲が怖いと思った。


ハイリーと話をした。

他愛ない、何処にでもある話を。

「今日のキックは脇腹に効いたな。」

とか、

「助けてくれたのは誰なのか?」

とか。

キックは全力だったそうな。

もう頭が真っ白で、ぶっ飛ばさないといけないと思ったと、ハイリーは言う。

今も若干痛む脇腹をさすって、僕は笑う。

「やっぱり、ハイリーは格好いい。」

彼我の実力差をしっかりと知り、あえて僕に蹴りを入れる判断が、凄い。

頭が真っ白だといっているが、そんなことはない。

僕よりかよっぽど、ハイリーのほうが状況を理解していた。

たとえそれが、無意識下だったとしても。

その人物については、ハイリーも知らないらしい。

避難所の入口辺りに居た強そうな人を、無理やり引っ張ってきたそうで。

その騎士には同情する。

誰だってハイリーに引っ張られたら逆らえない。

そういうものなのだ、この世界は。

しかしまあ、あの立派な騎士様がハイリーに引っ張られてくるのを想像するのは、かなり愉快だ。

今度会うときには、お礼をしなければ。

命を、助けられたのだから。

二時間ぐらい、そうしていたように思う。

しかし、さすがのハイリーも今日はへとへとらしく、

「おやすみ、ファム。」

と言ってベットに入ってしまった。

寝さえすれば、明日が来る。

明日が来れば、良い事もある。

当たり前だけど、それがあるから生きていける。

僕は明かりを消して、ハイリーの方を見る。

「おやすみ、ハイリー。」

僕も、そろそろ限界だ。

真っ白の、皺が1つもないシーツが肌を包んでいく。

ハイリーと話す前にお風呂に入っていてよかった。

僅かに湿った髪の毛が、枕に埋もれていく。

白っぽい光が、僕とファムの横顔を妖々と照らしていく。


【アヴメフ期1015年・セイライ海峡】


何かが、動いている。

それは、大げさじゃない。

静謐であり大胆。

寝起きの僕の視界を、ハイリーはかっぱらっていく。

「おはよう、ファムっ」

腕立て伏せを……している?

昨日、鍛えているとは聞いていたけど……。

まさか朝から腕立て伏せをしているとは……。

キャラが、ものすごく濃い。

「おはよう、ハイリー。」

軽く身支度を整えて、起き上がる。

顔を洗って、歯を磨いて。

諸々を済ませて、ハイリーのところに戻る。

しかし、そんな僕をハイリーは、腕を組んで待ち構えていた。

「探検しましょ、この船の中っ」

昔から思っていたが、このアグレッシブさは何処から来るのだろうか。

恐らく何処かの星に、製造工場があるに違いない。

少しでも良いから、分けてはもらえないだろうか。

「了解〜。」

と軽く呟いて、ハイリーの後をテクテク歩く。

ふと部屋が気になって見てみると、ハイリーベットが綺麗に整えられている。

僕もそれに習うことにする。

「先に言ってて。」

そう言って。

けれどそれが、大きな出来事の発端となるなんて、その時の僕は知らなかった。

浄化の魔術を、身体に掛ける。

これが意外に大事で、コツさえ抑えてしまえば簡単な詠唱と触媒で済ますことが出来る。

紙に魔術陣と魔術石を置いて、詠唱する。


魔術石

素材……セッコ高山帯で採取された、純度の低い魔術石。

来歴……セッコ高山帯の比較的浅い地層で生成された、魔術石。

魔術石組合によって加工され、ある程度の不純物を取り除かれた後、クーフリン島に輸出された。

思念……特に無し。

積年……おおよそ1年。


魔術石は、簡易的な魔術に向いている。

通常の触媒とは異なり、特別な意味を持たないために。

だから僕は、あんまり魔術石が好きじゃない。

便利だから毎日使っているのだが、本来の魔術から考えると、少し嫌だ。

細かく言うと、魔術石は思念を持たず、来歴が平凡になりやすい。

もちろん、例外はあるが。

魔術石は、魔術石組合によって採取・管理されている。

平たく言うと、勝手に採集できないのだ。

採取される場所についても全くの謎で、セッコ高山帯とは表記されているが、そんな場所、世界中を探しても何処にもない。

それは、暗黙の了解ですらある。

誰も疑問に思わないし、誰もそこに興味を持たない。

だから僕は、魔術石が好きになれない。


【次回予告☆】


次回は船での探検だね、ハイリー。

そうね、転ばないでね、ファム。

転ばないよっと言いたいけど、僕、転びそうだな。

ファムはもっと周りを見てね。

うん……がんばる。


【次回も見てね☆】

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