第二話 火の玉の行方

位置・時間・環境・触媒・法陣・詠唱。

”魔術”という浪漫ロマンがもつ力。

それは、とある者達を深淵へと駆り立てる。

人々は、彼らを”ウィザード”と呼んだ。


アヴメフ期1000年。

世界は、悠久の平和を謳歌していた。

世界には2つの国しかなく、その間に争いは無い。

人の魔術を得意とするアヴァケロン王国。

機械の魔術を得意とするメフィスト王国。

違いはあれど、互いに歩み寄りながら進んできた。

しかし、そんな平和は長く続く筈がなく……


【アヴメフ1015年・クーフリン島】


「伏せろ、ハイリー!」

ハイリーを覆うように、僕は飛ぶ。

間に合うかどうかは、分からない。

直後、背中を温風が焼く。

僕の周り全ての空気をくり抜くように、進む。

背中に触れてはいけないものが、馬鹿みたいにゆっくり。

丁度僕の頭上を通り過ぎるときが、一番怖かった。

感覚は吹っ飛んでいき、白濁しそうな視界を、必死に繋ぎ止める。

「ファム?」

ファムの両耳に添えていた手でゆっくりと掻き抱く。

ハイリーの太ももの間の足を軸にして、膝立。

顔の真ん中くらいにシワを寄せたハイリーの肩を、支える。

どこか、軽い気がした。

だんだん遠くなるような、迷い込んだ路地の中に一人ぼっち。

違う、今はそんな事考えてられない。

熱の塊が飛んでいった方向は円形に抉れ、途中で力尽きたように止まっている。

「行って、ハイリー。」

口角を上げて、思いっきり。

もう、時間がない。

あの熱の塊を打った人間は、すぐ近くに居る。

「ファム?」

そんな顔するなよ、ハイリー。

いつもみたいに溌剌で居てくれ。

ハイリーが落ち込んでいるなんて、地球が好転していないのと同じくらい不自然だ。

「助け、呼んできて。」

ハイリーならきっと、分かってくれる。

察して察してと普段から言ってるなら、ここは察してくれ。

「うん、分かった。」

よし、やっぱり、ハイリー。

片目はもはやホワイトアウト、しかし、望みが増えた。

ハイリーが、立ち上がる。


天に属す、我らの使い。

変動する力。

地を穿つ雷鳴。

異なる輝き。


守ってくれよ、僕の魔術親友

触媒は今僕が持つものの8割。

詳細なんてどうでもいい、願うのは1つ。

ハイリーを、守れ。

ハイリーが走り出すのと同時に、魔術は成る。

正直、魔術の出来損ないでしか無いけれど、守るくらいは出来る。

ハイリーは振り返らない、ハイリーは止まらない。

それだけが、僕にとっての救いだ。


地面に這うようにして、僕は家の柵の前まで来た。

寄りかかる瞬間の僅かな痛みのあとに、ため息がボワっと、腹を押すように出た。

追手は、まだ来ない。

しかし、その位置だけは、はじめから見当が付いていた。

あたり一面を一通り見るふりをして、それは確信に変わる。

あの家のドアの影……わずかに揺らいでいる。

それは影の中に出来た陽炎。

識っているものだけを絶望に突き落とす、落とし穴。

恐らくあれが……僕らの敵。

「見上げた根性だ。」

終わった。

咄嗟にそう思ってしまったのも、無理もない。

その影が僕を見下ろすようにして、仁王立ちしているのだから。

通常の人間であれば、人と認識することさえ危うい陽炎。

それが今正に、僕に接近していた。

一体、なんの冗談だろうか。

「……アドバン。」

魔術の発動が、あまりにも早すぎる。

恐らく敵は、僕と目があったと思った瞬間、ここに来た。

僕が下手な芝居をしてまで確認したあの瞬間、そこで、敵はここに来ることを決めたのだ。

一瞬で、僕を灰に出来るのに。


魔導術式アドバン

メフィスト王国が開発した、新兵器。

通常の魔術とは異なり、体内に存在する魔術力を用いて魔術を発動することが可能。

通常、魔術力を持つ触媒がなければ魔術は発動できないが、触媒を用いずとも魔術を発動することができる。

通常必要とされる、様々な要素も、全て無視して魔術を発動可能。

しかし、最大魔術力量は、本人の資質による。


僕が知っていることなんて、たかが知れている。

しかし、今の状況から考えるに、この戦争はかなり激化していのかもしれない。

こんな馬鹿げた性能を担いだ兵隊が、こんなドが付く田舎にまで潜伏しているなんて。

もしくは、単独で行動しているだけかもしれないが。

魔導術式アドバン……それには確か、重大な欠陥があったはずだ。

くっ、ここまででかかってるのに、思い出せない。

メフィスト王国は、機械的な魔術を得意する国家。

なのになぜ、こんなにも人間臭い物ができる?

分からない、分からない。

あと一つパズルのピースが揃ったなら、分かるかもしれないのに。

「博識だな、少年。」

全体像がぼやけきっていて、何もわからない。

しかし、どうやらまだ生きていることだけが分かった。

灰色を模した銃口が、額に当たる。

「そりゃ、どうも。」

目を逸らせば、

間違えたら、

抵抗しても、

終わりだと思った。

「なぜ……識っている?」

通常であれば見分けることは不可能であろう、陽炎の迷彩。

僕が見分けたのは、運が良かったからに他ならない。

でも、それをいっても信じてはもらえないだろう。

たまたまだ。なんて言ったら、即発射だろう。

「魔術が、好きだから。」

銃口を、両目で挟み込むように、敵を見る。

やっぱり、僕は運が悪い。

でも、この答え以外、僕は持ち得ない。

何を言っても終わりだというのなら、せめて、自分が好きだったものを叫んでゆこう。

それでこその僕だし、そうでなければ、僕は僕でなくなる。

まあ、破堤した理論ではあるのだが。

僕は、話している間中、魔術的な動作を、ひたすらに積み重ねていた。

僕が知り得る魔術を、ありったけ。

今このときに発動しうる全ての魔術と全ての触媒を使って、彼を止める。

「そうか、残念だ。」

それは、このときの僕が知り得ることではなかったが、この人物が行った行為は、魔術関係者であるか否かを識別するためのものだったらしい。

仮に僕がたまたまだったと言えば、そこで助かる見込みもあったようだ。

「       」

空白、後の衝撃。

脇腹に突き当たる、確かなつま先。

体に入っていた力が全て持っていかれ、僕は5m程吹っ飛ぶ。

「って、何やってんのよ、ファム!」

僕の体はにふっとばされていた。

銃弾は空を切り地面に直撃し、本来であれば僕を射抜いたはずの弾丸は、地面にめり込んでいる。

ハイリー、君ってやつは。

どうやら、僕は生きているらしい。

頭に突きつけられていたはずの銃口が、今はもう見えない。

脇腹と額に残る確かな痛みが、僕がまだ生きていることを伝える。

「疾走るわよ、急いでっ!」

手を強く引っ張られる。

その勢いで、僕は走り出した。

後ろを振り返る余裕なんて無く、ただがむしゃらに、足を動かして。

しかし、何故か僕は、随分と離れたところで1度だけ、後ろを見た。

……騎士だ。

灰色じゃない。

鈍い鉛色で、赤い布地に金の刺繍。

あれは……

「ごめん、ハイリー。」

逆風で、上手く発音できない。

なんて言おうか色々考えて、ありがとうと言いたかったけれど、僕は、ごめんと言った。

守ってあげられなくて、なんて言えない。

僕に守られるほど、ハイリーは弱くない。

それでも、僕は守ってやりたかった。

ハイリーを守れるくらい、強く。

「何、馬鹿なこと言ってんの。」

横顔だけをチラリと見せて、ハイリーはまた前を向く。

手を握る力が、どうしようもなく僕の背中を押す。

つまずいてもバランスを崩しても。

ハイリーならきっと、手を取ってくれる。

僕はそう、切に思った。


【次回予告☆】

ハイリーは最強になった。

訳が無いのだが、こういう冗談はどうだろうか?

次回はとうとう船乗なか、ハイリーと二人だけの船旅で、何が起こるのか?

頑張れファム、頑張れハイリー。

君たちならば、乗り越えられるはずさっ


【次回も見てね☆】

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