第36話:藤沢 詩織

 コンサートから帰ってきた夜、私は寝室の机に腰かけ、パパがプレゼントしてくれたラフマニノフの《ピアノ協奏曲第2番》のCDを再生した。


 ヘッドホンから流れてくる音は、まだ耳の奥に残っていたホールの響きを鮮やかに呼び覚ましてくれた。

 第1楽章の堂々とした旋律に、胸が再び高鳴る。

 そして第2楽章——静かで、どこか切ないピアノの歌。


 「この楽章は、後にエリック・カルメンの《All by Myself》っていうバラードの元になったんだよ」


 タワーレコードの帰り道に、パパが教えてくれたことを思い出した。

 大人の荘厳なクラシックの世界と、ポップスの世界が繋がっている。

 そんなふうに軽やかに語るパパの姿が、私には眩しく見えた。


 パパは、これまで出会ったどんな男性とも違う。

 圧倒的な知識と教養を持ちながら、同時にそれを鼻にかけることはしない。

 むしろ逆に「そんなものは大したことじゃない」と切り捨ててしまうほどの強さがある。

 その姿に、私は何度も驚かされてきた。


 ——ただの大人の男性じゃない。

 パパは、私にとって理想そのもの。


 CDの音楽に耳を傾けながら、私は胸の奥で強く思った。

 ——もっとパパのそばにいたい。

 誕生日や特別な日のひとときだけじゃなくて、毎日、一緒にいたいな。


 ピアノの旋律が静かに消えていく。

 けれど私の心の中では、ますます大きなパパの存在感が、消えるどころか強く響き続けていた。

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