第2話 列車の夜警


夜の交易列車が静かに線路を滑るように進む。

車両から漏れる灯りが森の闇に溶け込み、周囲には微かに風の匂いと鉄の冷たさが漂う。


魔法都市ヘルヴェナイトと方々の主要都市とを繋ぐ魔道列車が開通したのは確か8年前。

物流に革命をもたらしたその時から、交易列車と呼ばれるそれは人々の生活を支えるため走り続けている。


その運行に莫大な金が動いているのは公然の秘密となっていた。

金が動くところには、必ず暴力がつきまとう。

今のマコトが仕事のタネとしている――そういった人の欲望を警邏するものも含まれていた。


マコトはギルドで護衛依頼を受け、軽く首を回す。

吸い込むと火の先から短くなる煙草を片手に、ギルドカウンターに肘をついたマコトは言った。

「今夜も、仕事後の一服のために……」


列車の揺れがリズミカルにマコトを揺らす。

滑車が線路の切れ間を踏む度、がたんと鈍い衝撃を腹に響かせた。

それは魔法が爆ぜる時を思わせて、マコトはまた一口煙草を吸った。


18歳の頃、銃を片手に命を削るように戦っていた日々を思い出す。

魔導装填式リボルバー『紫煙』。

マコトが黒紫に光る金属のボディからそう名付けた相棒には、あの頃の死戦が映っているようにも見えた。


あの頃は、夜の静寂にすら心臓の鼓動が乱れたものだ。

劈く野鳥の声。枝葉の擦れる音。風が地形の力を借りてだす、遠吠えに近い風音。

今は冷静だ――手に感じるグリップの重さがそう思わせる。

だが、気を抜けば命のリスクは常にある。



突然、窓の外で影が動く。

「夜の空き巣か……いや、奴らだ」

盗賊団が列車に奇襲をかけてきたのだ。


けたたましい衝撃音は靴が窓ガラスを破った音だった。

1、2、3人。

手に魔素反応――転生時に授かったこの感知能力に何度助けられたか。

おそらく火の魔素と、風の魔素、複合。

盗賊風情が好みそうな味付けだ。


ドンドンと、天井からも足音。

別働隊が先頭車両に向かう様子を報せていた。


時間に追われる様子は、動きの雑さに現れていた。仲間を待たせたくない焦り、成功しなければ逃げ場のない恐怖。

それを、マコトは目の端で捉える。


煙草はゆっくり吸うのが好みだが、こいつらとは趣味が合わないってことは確かのようだ。


マコトは腰のマルヴォを取り出す。

煙を一口吸い込み、『紫煙』に魔素を込める。

魔素弾丸の自動装填。

神が与えた力、見せてやる。

「――来い」


中距離からの射撃で、車両窓から忍び寄る敵を正確に仕留める。

シリンダーからバレルに走る紫の光。

短い悲鳴、吹き飛ぶ人影。

一つ、とマコトは誰にも聞こえない声でつぶやいた。


「エルドォ!」

吹き飛んだ仲間の名前だろうか。

驚愕の声と共に臨戦体制。

その合間にも、仲間を探す目の動き、腕の震え――焦りが敵の行動を雑にしている。


煙が登る銃口を次へ――だが狭い通路や車両内では射線が遮られ、接近戦が避けられない。

小さく舌打ち。

その苛立ちは『紫煙』をホルスターに乱暴に入れられたことで表現された。

紫煙を吐くのは銃か、口か。


マコトは手斧を抜き、敵の間合いに踏み込む。

斬撃を交わしつつ投擲。窓から差し込む月光に、手斧が紫色の光を反射する。

瞬間の判断で遠距離と近距離を切り替える――

13年の異世界生活で培った経験と身体感覚が、自然に戦闘を導いていた。

「紫煙ぶっぱなすだけの仕事とは、思ってなかったがな」



今度はマコトがドアを蹴破る番だった。

足の向こうの蛮族は2人。

見開かれた眼を確認。

即断即決、トリガーを2回。

走る紫光、銃口には紫煙。

倒れる賊の腕に溜まった魔素が散るのを確認して――あぁ、やっと一服か。


列車の安全を確保すると、再びマコトの視線は窓外に向けられる。

闇に溶ける列車の軌跡を見つめながら、冷静な胸の高鳴りを感じていた。



列車が停車駅に差し掛かる。

闇の中にあって煌々と輝くヘルヴェナイト。

眠らない街、と人はいう。

その喧騒と光景は、記憶の中の昔の都会のざわめきを思い出させる――しかしここは、異世界だ。

マコトはその形容できない感情には言及せず、手に持ったマルヴォに火をつけ、一口――煙を肺に入れた。


吐き出すと、夜風に混じって煙草の香りが車内に漂う。

緊張と疲労は消え、残ったのは夜の静けさと、煙草の香りだけ。

――あぁ、美味い。


「夜の空気に、煙草は合うな」


小さく呟き、マコトはマルヴォをくわえ直す。

戦いの余韻と共に、今日もまた彼の一日は静かに終わった。

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