第3話 奴隷商人護衛


商人護衛依頼に関してマコトが抱く感情は複雑だった。

まず移動に伴うストレス。

多くの場合が中期的な時間の拘束を伴い、そのほとんどが移動を占める。

次に人間関係。

これも多くの時間を商人達と過ごすことになる。

単独での行動が基本となるマコトにとって、ネックになる大きな部分。

そして報酬。

拘束時間、人間関係のストレスに見合わない金銭代価。


冒険者幇助組織、連環庁――通称ギルドのヘルヴェナイト支部のカウンターに腰掛け煙草をくゆわせながら、マコトはそのことについて語っていた。

「割りがあわん、とはいわないが、やりがいはないな」

ふーっと、わざと大きく煙を吐く素振り。そんな芝居。


受付嬢は嫌な顔一つせずに続ける。

「マコトさんが適正と判断した結果です。単独での戦闘力およびに多数への制圧力。特殊な兵装は遠距離からの来襲にも対応可能。さらに奴隷商は人を運ぶ。護衛人数規模が少ないほど、携帯する食料なども少なくなる」


長くなるな、とマコトは半分ほどしか聞いておらず、ただ煙草を吹かしていた。

「まずい一服になりそうだ」



森道を進む商人の護衛依頼。

依頼書には「盗賊に注意」とだけ書かれていたが、空気から漂う緊張感は、文字以上の警告を告げていた。


マコトは依頼書を握りながら思う。

「この世界で生きて13年。商人護衛は、あれ以来か」

燻る火を眺めながら、そんな一言。

その目に映るのはこれから起こる喧騒の予感か、過去の死戦か。




七日の予定を半分程過ぎたころ。

森道を進む途中、盗賊が奇襲してきた。


ヘルヴェナイトの庇護化を過ぎると、途端に世間は剣呑な姿に変わる。

盗賊、魔物、その類。

命を脅かすものはなんであれ、マコトがホルスターの重さを確認するには充分な存在たち。


マコトは腰のマルヴォを取り出し、紫煙を一口吸い込む。

魔素弾丸の装填は終わっている。

魔素を込めることで弾丸が装填される特殊仕様。

あらゆる意味合いで俺を救ってきた、紫煙の存在。


賊は兵法に則り機動力重視。

魔獣騎乗で追い縋る。

数えて13、過去の記憶からも気分のいい数字ではない。

構え、発砲。

魔獣は賢いが、人を乗せて急に軌道を変えることができない。

偏差射撃の要領で六発。残数7。

シリンダーが空になる。


影が飛ぶ。枝が割れる音。葉擦れのざわめき。

マコトの視線が一瞬で複数の動きを捉える。

このままいけば、深い茂みに入る。

『紫煙』の仕事はここまでか。


「まったく、割にあわない仕事だ」

腰の手斧を取り出しつつ、漏れる様な一言。

覚悟を決めた視線、わずかな嘲笑。

爆発的に足に魔素を溜め、マコトは突貫する。


斬る、投げる。斬りすてる。

爆ぜる地面ごと大きく斜めに払い除ける。

冷静な判断と熟練した戦闘スタイルで、盗賊の残りを掃討する。

残り4。


半数以下になった事を悟ったのか、頭と思しき人物からの怒号。

「し、紫煙の狩人!?に、逃げろぉ!」

懐かしい名前だ、とマコトは平坦に思う。


弾丸装填、シリンダーに六発。

計算は合う。

吸って、吐く。トリガーを引く事、4回。


紫煙が糸を引き天に繋がる頃には、森に再び静寂と沈黙が戻り、マコトは小さく息をついた。



残りの三日は呆気ないものだった、とは商人の言。

マコトは終始黙って煙草を吸っていた。


帰還後、感謝の印として商人から「奴隷の格安購入」の提案があった。

そこにいたのが、氷狼族の少女、セツナ。


現代の倫理観においていえば、奴隷は忌避当然の存在といえる。

しかし出てきた感想は「悪くない」

13年の歳月がその忌避感を薄めたことに、マコトは驚きを隠せなかった。


マコトは彼女を見つめる。

白い髪に蒼い瞳。

18歳の自分が、この世界で放り出されたときの混乱と恐怖を思い出す。

彼女の境遇は自分と似ているが、まだ未来はこれからだ。


「……格安か」

呟き、マコトはしばらく考える。

今となってはありえない、転生前にあったであろう未来線。

マコトがアルヴァを取り出し火をつける理由として充分な気がした。


決して衝動ではなく、計算と慈しみを伴った選択。

これが、彼の新しい日常の始まりになる。



商人宅の庭で、マコトは手に持ったマルヴォに火をつけ、一口――煙を肺に入れる。


吐き出すと、記憶の残滓はゆっくりと消え、後には森の香りと煙草の香りだけが残った。


「これだけ後味の悪いのも、久しぶりだ」


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