[冷蔵庫に突き刺さるたぬき]【癒し】

 冷蔵庫を開けた。

 ……たぬきが突き刺さっていた。


 半分だけ冷気に飲まれ、尻尾は霜で真っ白に凍っている。

 冷凍食品の隣に並んだその姿は、どう見ても異様だった。


「……なにしてるの」

 思わず声が出る。


 たぬきは、ゆっくり目を瞬かせた。

「……さむい」

 ぽつりと漏れた声は、小石みたいに転がって消えた。


 抱えようと腕を回すと、体はがちがちに固まっていて抜けない。

 ぐいと力を込めると、か細い声が落ちた。

「……ひっぱらないで……おちつく」


「落ち着く場所じゃないでしょ」

 思わず突っ込む。


 たぬきは返事をせず、ただ霜のついた尻尾をふるふる震わせた。

 その仕草が妙に可愛くて、怒る気はどこかへ消えてしまう。


 力任せに揺すると、ばらばらと氷片が崩れ落ちた。

 やっとのことで引き抜くと、たぬきは床に転がり、丸くなった。


 しばらく動かず、やがてぽつり。

「……おなか、すいた」


 あまりに素直で、笑ってしまう。

 ため息をつき、台所を見回す。

 戸棚にはパン。鍋には昨日のスープ。


 皿に盛って差し出すと、たぬきは顔を上げて、また一言。

「……あったかい」


 その声は、冷蔵庫の中にまだ漂う冷気を、静かに溶かしていった。

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