ほねなぴ短編集 ― 1分でふしぎ、ひと息でほっこり ―

ほねなぴ

[ペンギンを飼う生活]【読んで確かめて下さい】

 うちにはペンギンがいる。名前はポロ。

 つややかな羽、とぼけたような歩き方で、朝になると「おはよう」と声をかけてくれる。 かわいい。

 その声で目を覚まし、カーテン越しの光を浴びるのが、私の一日の始まりだ。


 枕元には、ポロが笑ってる写真立てがある。

 いつ撮ったのか思い出せないけれど、私が撮った写真だ。朗らか顔に思わず笑みが溢れる。


 ポロは家の中を忙しそうに歩き回る。

 冷蔵庫から氷を取り出し、魚を焼きながら「今日は散歩でも行ってみる?」なんて冗談めかして言う。

 私は笑って頷き、二人でソファに座って映画を見たり、アイスを食べたりする。

「食べすぎだよ」とポロが笑うと、羽先が私の頬に触れ、そのひんやりした感触が夏の風みたいに心地いい。


 窓の外は、いつも白く霞んでいる。

 何があったか思い出そうとしても、記憶はぼやけて手に取れない。でも、ポロがそばにいると胸があたたかくなり、考えるのをやめてしまう。


 そんな毎日が、永遠に続くのだと思ってた。


 けれど、ある夜、不意に胸をかすめた疑問があった。

 私は、いつポロを飼ったのだろう?


 ペットショップに行った記憶はない。

 契約書も、レシートも見たことがない。

 スマホの写真フォルダを開くと、やはりポロの写真ばかりだ。

 私の姿は、どこにもない。

 そういえば、枕元の写真もポロだけだった。


 最初は「きっと私が撮ったんだろう」と言い聞かせた。

 いや、私が撮ったのではない。


 その瞬間、背筋が凍りついた。


 私は、ここで一体何をしているんだ?

 いつから、ずっとここにいるんだ?


 手の震えが止まらず、喉が乾く。

 布団に潜り込み、息を潜める。

 耳の奥で心臓の鼓動だけが嫌に大きく響く。


 玄関の鍵が回る音がした。

 足音が近づき、冷気が部屋に流れ込む。


 ポロが袋を提げて戻ってきた。

 氷に包まれた魚がのぞき、床に水滴が散っている。


「ただいま。」


 満面の笑みを浮かべたその顔は、どこまでも優しい。

 そっと頭を撫でる羽先の感触は、思ったより冷たくて、背中に鳥肌が立つ。


「今日もいい子で待ってたね」


 ポロの声は、子守歌のように柔らかく響く。


「君は、僕の大事なペットなんだから。」


 鼓動の音が遠ざかっていく。


 もう、ここから逃げられない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る