第5話 昭和おじさんたちと、令和のレイリー

「そうなんです。この近くの美容学校に通っています。一年生です。」


「レイリー」──それは私だけが、娘に使う特別な呼び名だ。とても気に入っている。


家族も友達も誰もそう呼ばないが、私がそう呼ぶと、必ず振り返り返事をしてくれる。本人は少し恥ずかしいらしいが。


きっかけは、小学生の頃に一緒に観たディズニー映画。

主人公「ライリー」の名前をもじって「レイリー」と呼ぶようになった。

本当の名前は「れい」。


「来てくれるかな?」と自信をもって、メールを送った。


「もう学校終わってるん?」

するとすぐに返信が来る。

「あと30分くらい、なんでー?」


年頃の娘だが、まだ私と投げ合うキャッチボールは今も続いている。


今年の春から梅田の美容学校に通う美容学校生。

どんな授業を受けているのか、詳しくは知らない。

私は、通信教育だったから。

自分で調べ、自分で決めた学校。

学費は出しているが、口出しはしていない。

卒業文集に「将来は美容師」と書いていたあの言葉を、本当に実現しようとしている。


「私と同じ道に進むなんて、苦労するのでは?」

そう思ったこともある。

けれど娘は迷わずその道を選んだ。

一度決めたら聞かないゴンタな性格。

ああ、やっぱり自分の娘だな、と毎日思う。


──


「今、学校の近くの居酒屋さんにおるんやけど、ちょっと来てみる?好きな物食べれるよ」

と釣ってみた。


「行くー!」と即答。

「場所わかる?」

「わかるよー」


そして30分後、時間通りに娘が現れた。

梅田に通う半年間で、行動も時間感覚もすっかり身についたのだろう。


焼き鳥の煙が立ち込める中、幼さを残した娘の

にっこりとした顔が、やけに澄んで見えた。

胸の奥がじんわり温かくなる。


おじさんたちは初めて見る娘の姿に目を丸くした。

「おぉ、これは美人さん!お父さんに似なくてよかったなぁ」

思わず笑顔が広がり、すぐに場の視線をさらってしまう。


娘はにこやかに挨拶をし、自己紹介までしっかりとこなした。

堂々とした19歳の姿に、私も思わず感心する。


──


「どんな美容師さんになりたいの?」

「今の時代、やっぱり休み重視?」

「初任給はいくら欲しい?」


次々と投げかけられる質問。スタッフの採用面接みたいだ。


娘は少し戸惑いながらも、酔っ払いのおじさんたちを転がし、上手にさばいていた。


先輩が冗談で絡んでも、微笑むように会話を返し、自然と場の雰囲気をコントロールしている。

「まるで、小さなリーダーだな」と心の中で思った。


「彼氏はいるの?」

……それは聞きすぎだろう。


娘の目がほんの少し曇る。

「別れました」


──知らなかった。ちょっとしたショックだった。

父としての胸の奥が、少しだけざわめいた。


成長していく娘の世界から、少しおいて行かれた気がした。


──


それでもおじさんたちは口々に褒め立てる。

「この子は将来有望や!」

「どこでも働けるで!」

娘は次々と出される料理を頬張りながら、笑顔で質問に答えていた。

私も自然と笑みが広がる。


昭和の師弟関係をくぐり抜けてきたおじさんたちは大興奮。

私自身も、いまだに先輩方には敬語が抜けない。

年長者に可愛がられながら学ぶものがたくさんある。

その大切さはわかる。

だが今日は、先輩たちの方が娘に振り回され、令和をしっかりと学んでいる。

昭和には無かった言葉もスマホがあれば安心だ。


──


娘はたくさん食べ、最後にきちんとお礼を述べた。

「ご馳走様でした。ありがとうございます」


その礼儀正しさに、嬉しさと、ほんの少しの寂しさが混じった


初対面のおじさんたちを好調子に持っていく19歳の姿。

その力を確信した。


10年もすれば、クラブのママにだって通用する度胸だ

──いや、月謝を払ったのは美容学校だったはずだ。


酔っ払いを手懐け、自分の世界に引き込む技を、私は教えた覚えはない。

どこで身につけたのか。

それが少し気掛かりでもあった。


大人たちに混じって談笑している姿を見ながら、

「もう守るだけの存在では無くなって来たのかな?」と、胸の奥で静かに思った。


──


やがて、おじさんたちは上機嫌のまま解散の準備を始めた。

皆が楽しめたことが、何よりも嬉しい。


ふと見ると、ニシちゃんだけは沈黙を守ったまま。

椅子に腰掛け、舟を漕ぎ、突っ伏しては目を覚まし、また眠りかける。


「ニシちゃん、もうあかんなぁ…」


小さな寝息を立てる横顔には、皆とは違う何かを抱えているようにも見えた。


──その対比が、娘の成長をより際立たせていた。



大人たちに混じって楽しそうに話す娘の姿は、頼もしくもあり、見ていて嬉しくなる光景だった。

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