第4話 同期であり、親友であり、戦友──ニシちゃん
居酒屋の席に、いつものように、同期のニシちゃんがいた。
全身黒ずくめ、グレーのファー付きロングコートに色眼鏡。
半年前より少し大きく見えるのは、コートのボリューム感と毛並みのせいだろう。
光に揺れる毛先が周囲の視線を集め、その派手さは彼の破天荒さを映し出していた。
だが本質は優しく、腕も確かで、気前もいい。
酒に溺れる夜も、翌朝には必ずハサミを振っていた。
そこには、彼なりのけじめがあった。
昭和の時代なら間違いなくモテただろう。
令和の若者から見れば、“古き良き昭和のおじさん”扱いだろう。
だが、私にとって、今は親友になった。
コンクールで肩を並べた戦友でもあり、大のお酒好き。
その酒好きゆえに、バツ2という経歴まで背負った強者でもある。
そんな彼との遠征は、いつも波乱に満ちていた。たとえば──
──東京のコンクールに遠征した帰りの新幹線。
売り子さん(当時はまだいた)が通るたびに缶酎ハイを買い、新大阪に着く頃には
車内販売を完売させてしまった。
酒が入ると会話はさらに弾み、隣の乗客まで巻き込んで笑わせる破天荒ぶり。
座席に広がる空き缶の数は壮観で、通路を行き交う人々も思わず目を丸くしたものだ。
正直、少し恥ずかしかった
──浅草でのコンクール。
出番を終え、審査発表までの時間、私とニシちゃんは他の出場者が楽屋で待つ中、破天荒にもパチンコへ。
浅草寺に参拝した後、パチンコに熱中し、時間を忘れてしまった。
慌てて戻ると、審査発表はすでに始まっており、会場は中断状態。
探し回る主催者に怒鳴られたのはニシちゃんだけだった。
それでも彼は笑みをこらえながら緞帳に上がり、表彰を受けた。
結果はニシちゃんが3位、私は準優勝。この日、優勝はまだ遠かった。
また別の日。
──月曜の関西大会に出場後、その足で深夜バスに揺られ東京へ。
東京駅の銭湯で体を温め、そのまま東京大会に挑んだ。
結果は二人そろって敗退。だが、それもまた青春の一部だった。
──横浜の大会ではさらに厳しかった。
出場費と交通費で精一杯。
宿がなく、先輩に泣きついて部屋の床で雑魚寝した。
ベッド脇で眠るあの夜の寒さと心細さも、今となっては懐かしい。
あの頃は勝つことしか見えていなかった。
今はスタッフや子供たちの成長に、
あの熱を重ねて見ている。
居酒屋の一角。
揚げ物の香りとビールの泡の音に包まれながら、ニシちゃんは箸もほとんど使わず、ジョッキ片手に周囲を笑わせ続ける。
「先輩よりカットは時間かかっとったけど、酒飲むスピードは世界記録ですわ!」
そう言って先輩に絡み、豪快に笑う。
「アホ言え! そんな記録いらんわ!」
先輩のツッコミに、さらに場が湧く。
その笑いにつられて、周りも思わず吹き出す。
ニシちゃんの破天荒さも、酒豪ぶりも今も変わらない。
笑い声と無鉄砲さは、私の胸に鮮やかに残り続けている。
一方、先輩は誰に教わったのか、スマホアプリを使いこなし、
静かに料理を楽しんでいる。
その食欲に、まだまだ先輩たちの胃袋は元気なんだなと、時代は終わっていないんだと安心する。
だが、先輩方は皆、老眼鏡を掛けていた。
その姿を私は「進化」だとポジティブに捉えた。
話題は相変わらず、同じ思い出を何度も繰り返す。
ただ、あの頃からは随分と時が経った。
私たちは、ザ・昭和の人間でありながら、令和を必死に生き抜こうとしている。
先輩、同期たちと過ごした時代の熱量。
もう声高に語ることはない。
それでも令和の今も、胸の奥で静かに灯り続けている。
そんな中、先輩の声が耳に届く。
「藤本くんの娘ちゃん、美容師を目指してるんやろ?」
突然の問いに、思わず箸が止まり、胸が誇らしく熱くなる。
長く燃え続けた炎が、静かに次の灯へ移っていくように
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