第6話 決定 送迎ミッション
ニシちゃん──
今日もまた、随分と飲んだようだ。
「多分、焼酎2リットルは飲んでたな。」と、ひとりの先輩が笑いながら証言する。
まるで原付バイクにガソリンを入れるかのような飲みっぷりだ。
今も昔も、ニシちゃんの酒量は変わらない。
初冬の夕暮れ。
街には行き交う人々の声、カラオケ店から漏れるメロディ、車の騒音が入り混じる。
ネオンが少しずつ灯り始め、赤や青の光が地面に反射する。
そんな中、硬く冷たいアスファルトの上で、ニシちゃんはまるで上等なベッドにでも寝かされるかのように、身を横たえている。
もう立っていることさえできず、完全に酔い潰れてしまっている。
吐息がかすかに風に混じり、赤く染まった頬が寒さでますます目立っていた。
通りすがりの人たちがちらりと視線を送り、眉をひそめたり笑いをこらえたりしながら足早に過ぎていく。
娘は、少し距離を置いてニシちゃんを見守っていた。
身近にお酒を飲む人がいないため、戸惑いもあるだろう。
多分、娘は心の中でこう思っているだろう。
「パパのお友達って、… 駅で寝っ転がってるグデングデンのおじさんやん。」
と、娘は少し怖がっているに違いない。
さらに、学校の近くという環境もある。
もし同級生に、このおじさん集団と一緒にいてる姿を見られたら……。
賢い娘は自然と距離を取り、自己防衛していた。
「あかんわ、ニシちゃん、タクシーで帰りや。」
明石までの料金を、運転手さんと交渉する。
腕を組み、横たわったニシちゃんを見て言った。
「ほんまにあの人、明石まで大丈夫ですか?」
私の背後から、娘はすかさず答える。
「大丈夫です、寝てるだけなんで!」
「いや、大丈夫かどうかは運転手さん次第やけどな。」
その妙に自信満々な声に、思わず笑ってしまった。
梅田から二万円との提示。
酔客を乗せるリスクを考えれば、妥当な金額だ。
「よし、ニシちゃん。俺が明石まで送ったるから、タクシー代として娘に一万円小遣いあげてな。」
娘の目が一瞬輝いた。
「ニシちゃんは即答でうなずいた。」
娘は思っただろう。
「このおじさんをパパが運転する車で明石まで送れば、一万円もらえる?」
「ほんまに行くん?」
「まあこんなニシちゃん電車は無理やな。」
「怖い、恥ずかしい──そんな顔をしていた娘が、たった一言で表情を変える。
お小遣い一万円。その魔法の言葉に、目が生き生きとしていた。寒ささえ忘れたようだった。
──「余裕やん!行こ!行こ!」
なぜか、さっきまで距離を取っていた娘が、気づけばしっかり場を仕切っている。
急に忙しくなってきた。
嬉々として車に乗り込む娘の姿を見て、胸に安心と誇らしさが同時にこみ上げる。
ニシちゃんをどうにか車に押し込むと、後部座席からいきなり「カラオケ行こか〜」と嘘のような寝言。
娘が思わず吹き出す。
「え、歌う気なん!?」
その笑い声につられて、私まで吹き出してしまった。
真っ赤な顔をしながら寝言に混ざる笑い声、
起きているのか寝てるのか?
──その曖昧さに、こちらも 笑いを抑えきれない。
少しの心配をしながら車を走らせる。
……こんな送迎、タクシー会社も引き受けてくれへんやろな。
外灯に照らされた顔が、冒険に出る子供のように見えた。
寒さで縮こまっていた肩が自然と開き、笑顔に暖かさが戻る。
こうして、明石までの送迎ミッションが決まった。
小さな冒険の始まりである。
街の喧騒の中で交わされたささやかな約束が、
忘れられない夜を、優しく包み込んで、
思い出に変えていく。
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