秒速五センチメートル

 梅雨の切れ間のどんよりとした曇り空。

 教室の一番後ろの窓際の席。

 その持ち主である風間 佳乃は、ノートを閉じてため息をつく。教室前方では親友であった佐々木 美咲が、クラスメイトたちと談笑しているのが聞こえてきたからだ。

 彼女の隣には本間 由奈もいる。

 本来であれば佳乃もまた、あの輪の中に入っていてもおかしくはなかったのだけれど、ある事件をきっかけに彼女はあの輪を外れることになった。



 ◇◆◇



「美咲~一緒に部室に行こう!」

「いいよ」


 佳乃と美咲は小学校以来の幼馴染だ。

 お転婆な佳乃と、物静かな美咲。

 正反対の性格をしていた二人だったけれど、なんだかんだで高校まで一緒のところに通っていたし、そこに高校で知り合った本間 由奈を加えた三人で写真部を立ち上げた。

 休日には着物が趣味の由奈をモデルに取ったり、三人で公園や街中の風景を撮っていて、家族よりも一緒にいる時間が長いのでは?と、冗談で言っていたぐらいだった。


 そんな彼らの間に亀裂が入ったのは、高校2年の文化祭のことだった。

『ホントのキモチ』

 そんなタイトルの企画展示で、どんなに小さな瞬間でも『本当の気持ちを写す』ことが課題だったのに、美咲が佳乃の撮った写真を『自分の作品』として出したのだ。

 佳乃が最初に見たとき、自分が撮ったものと構図がなんか似ているなと思っただけだった。

 けれども、よくよく考えてみると、その写真を撮影したとき、美咲は体調不良で撮影会を休んでいたのだ。ついでに佳乃が撮った写真には、その日しかないはずのものが映りこんでいたのだ。

 もちろん太陽の角度や、人の位置。

 細かいところを詰めていったら、なんとでも言い逃れできるはずだ。

 だから『たまたま似たような写真だった』という一言が欲しかったのだろう。

 佳乃が、尋ねてみたら。



「ああ。あれ、佳乃が撮った写真だよ」



 美咲からは、言い訳も謝罪もなかった。

 その後は、自分でも記憶がない。

 気づいたときには美咲と揉みくちゃになっていて、二人とも手出しをした、ということで、特別指導を受けたのはまた、べつの話だが。

 たとえ同じ部室にいても、佳乃と美咲はまったく口を利かなくなった。

 由奈はもともと美咲と幼稚園で一緒だった、ということもあって、美咲とずっと一緒にいることから、部活内で一人ぼっちになった佳乃は、ほとんど部活に行かなくなった。

 だから同じ教室にいるときの空気が、佳乃を突き放すようで、居心地が悪かった。


 ◇◆◇


 それから三か月後。

 学年末考査が終わったあとの昼下がり、陽だまりの中で、佳乃は校庭の隅っこで咲いていた早咲きのサクラを愛機で撮っていた。


「ねえ、佳乃」


 ほんの数メートル先の目の前に、美咲が立っているのに、声をかけられるまで気づかなかった。

 けれども、ここで無視ができないほどには、美咲の声が震えている。

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