CODE:110 ― 鳴動する海 ―
問:人類繁栄の源―デジタル通信。その背骨は何か?
答:総延長約150万kmに及ぶ海底ケーブル。
問:それを遮断された島国はどうなる?
答:未曽有の危機、その目で確かめよ。
◇
伊豆諸島近海。
昨日深夜に切断アラームが鳴ったため、日の出後すぐに駆り出されたのだ。
弊社の勤勉さはひょっとしたら
海底ケーブルは超重要インフラではあるが、だからこそバックアップが幾重にも存在する。事故で1本切断されたところですぐに緊急事態になるわけではない。
鮫が食いちぎるのは日常茶飯事で、田島はたまにフカヒレを貪って鬱憤を晴らすくらいだ。
だから今日も
「お前が自分でやれ」と喉元まで出かかった言葉を、給料を人質に取られている田島は泣く泣く飲み込んだ。フカヒレ代を稼がなくては。
冷静に考えると、前職より遥かに安全でマシな仕事だ。鮫は銃を持っていないし、齧るのは人ではない。――今のところは。
船がポイントに到着した。田島は潜水修理作業用の重たい装備を装着していくが、そこで小さな事故が起こる。
ハーネスが千切れたのだ。
用心深い彼は何度も強く引っ張り安全性を確認するが、その行程中に起きた事故だ。酸素ボンベが落下し、大きな金属音が響きわたる。あと数センチずれていれば足を大怪我していた。
田島は舌打ちをして、思わず悪態をつく。
「経費削減の使い回しで労災発生させる……愚の骨頂だな」
「えぇ! 10年ものとはいえ、ふつうそこ壊れます? 凶兆ですよ。潜るのやめません?」
Z世代の後輩バディ、片山が冗談交じりに提案する。その不勤勉さ故に前職を退職した田島よりも怠け癖があるが、それなりに優秀なので重宝していた。
「じゃあ、お前が所長にそう言えよ」
片山は返事をせず、無言で予備の装備を差し出した。
「さぁ無駄口叩いてないで、仕事しましょう!」
「お前が始めたんだろうが……念のため、緊急用の水上バイク下ろしとけ」
田島はゲンを担ぐことはしないが、自分の勘は信じていた。
嫌な予感がする。備えるに越したことはない。
◇
静寂が沈殿した海底。
切断されたケーブル付近。
正体不明の人型構造物から信号が発信される。
「
『撃墜せよ』
「C
『敵性言語を使用せざるを無い状況。―――それが我々の戦う理由だ』
構造物のAIに通信で指示した人物はそう呟いて静かに目を閉じた。
◇
ワイヤーを伝ってポイントへ潜っていくほどに、田島の中に違和感が膨らんでいった。
何かがおかしい。でも何が?
田島が答えにたどり着くその瞬間、閃光が走る。
比喩ではない。
太陽かと見紛うほどの眩しい光源が海底の闇から照らしてくる。違和感の正体は明るさだった!
濁度に合わない散乱光にもっと早く気づくべきだった、と田島は後悔する。
光源は巨人のようで、危機そのものが仁王立ちしているように見えたからだ。
が、動揺している暇はない。轟音と大量の気泡を伴い、光源から“何か”が猛スピードで迫っていた。
衝突する!?
田島は瞬時に判断し、プールの壁よろしく、硬直している片山の背中を両足で思いきり蹴る。二人の間に3メートルほどの空間ができた。
次の瞬間、“何か”がその空間を切り裂く。
水流に身体を持っていかれそうになりながらも、田島の鍛えられた動体視力はその形状を捉えた。
あ、ありえない。
田島の記憶から導き出された結論を感情が否定する。
それでもなんとか冷静さを保ち、ハンドサインで片山に急浮上するように指示した。
水面に顔を出した田島の視界に、片山の呆然とした表情が入り反射的に怒鳴る。
「ボーっとするな!!! 船に戻れ!!!」
「……先輩……アレ」
片山が震えながら指さした方向に田島は振り返る。そこには炎上し沈没しようとするメンテナンス船があった。
非現実的な光景を前に、田島が前職で培った眠っていた有事思考が叩き起こされる。
やはり、あれは魚雷 だったのだ。
そこから、田島の行動は無駄がない。水上バイクに飛び乗り、スムーズにエンジンをかける。さらに片山を片手で拾い上げるやいなや、フルスロットルで現場水域から離脱を図る。
「通信機!」
ようやく我を取り戻した片山は、その一言だけで田島の意思をくみ取る。
備え付けの通信機を慣れない手つきで操作すると、マイクを彼の口元に構えた。
「コード110! これは訓練ではない! 繰り返す。 コード110!」
年に一度。訓練でしか聞かない“テロ発生”を意味するコードを、まさか自分が宣言することになるとは。
無線機が発する警告音に共鳴するように、田島の心音は高まっていた。
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