ファスナー合流(前編)ファスナー合流(前編)

星野玄明

第1話

ファスナー合流

星野玄明






ファスナー合流 (前編)



音☆ シャワー音。  


佐々木美紀「よし!決めた!そうしよう!」

語り 神奈川県  鎌倉市 佐々木家の脱衣室。

音☆ 静かに伝わるシャワー音。カラカラとゆっくり引き戸が開く音。      


語り そっと脱衣室を覗き、その伝わる音に娘の美紀の様子を伺う母裕子

佐々木裕子「空いてるじゃないかい。いらっしゃいましたよ。では、え(つぶやくように)邪魔するよ」


音☆ 5歩の足音。ファスナーを開け閉めする音。語り 持ってきた洗濯物を自分の洗濯ネットに入れる。

美紀「(浴室特有の声の響き)お父さん…私の許可なくそっちの世界に私の旦那さんを連れて行かないでよ。お母さんだけじゃなく私たちも守ってよ。お願いします。3度目の流産、子宮頸がん、旦那さんが海外転勤になるのに一緒に行けない。一緒に行ったところでお母さんとは別居…泣いちゃうんだなぁ。悲しいよ。遠距離恋愛なんて私いや!」

音☆ 「コトン」と洗面器を床に置く音

美紀「よおし!きーめた!そうしよう!」

音☆ シャワー音。 


美紀「あれ?誰か来たの?とくさんか?私の忘れ物持ってきてくれたの!?それとも、一緒に入りたくなっちゃったの?今はだめよー!また今度申請してみて。」

裕子「(男性張りの低音で)おーい、キミコ!見てやるから金よこせー。」

美紀「わはははは…ちょん吉がいたずらしに来たと思ったら、ありゃ〜お母さんだわ。どうしたの?」

裕子「洗濯物を持ってきたのさ。あんたの裸見たい人なんているのか?」

美紀「2球も続けて牽制球を投げてきよった。同じセリフじゃ何度も笑えないよ。見せないに決まってるじゃん。」

裕子「念入りに聞いておかないとね、こっちにも覚悟がいるから。それで、何を決めた

美紀「ほら、この前言った中学校の同窓会だよ。行くの決めた。」

裕子「あー、あれね。悪い話じゃないし。でも、またあのいじめっ子に何か言われないか心配だな。」

美紀「森下由紀ちゃんの事ね。元気にしてるのかなあ?あの人も大人でしょうに。それに、私には私独りじゃないから大丈夫よ」な

裕子「言っておくけど、あんたの魔法のランプは携帯できないん」

美紀「そうなのよねー。そこが問題なんよ。何とか協力してもらえないかしら…。」

裕子「こいつ魔法使いのつもりか?」

美紀「ジャンヌだらけ…妖精よ。」

裕子「だらけだって…チェ!コナン君かよ?おやー?妖精の世界も人手不足かい?あの子たち、いつの間にミセスでも良いと気が変わったんだい?私は行けるけどね。)

美紀「あはははは。」

  




音☆ 「あはははは」裕子の笑い声とタブレットで再生される社会人芸人のお笑い動画。

語り 佐々木家のリビング。 ソファーに座り、娘婿 要(よう)のタブレットを覗き込み声を上げて笑うう2人。

裕子「テレビにしようか?「

佐々木 要(よう)「そうっすね。」



裕子「要クンが日本に帰ってきたら、また刑務所ボラ行こうね。あれなかなか良い刺激だったよ。」

佐々木「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

美紀「とくさんお先にねー。ねぇ、とくさん。」

佐々木「はい何?」

美紀「ミーコさんね、5月1日の同窓会行くことに決めたから。後方支援をよろしくお願いします図ね。よろしくね。」

佐々木「後方支援?ビーチヒップを押すの?よいしょよいしょ…。」

美紀「あはは…ノーノー!そんなこといらない。そんなことされなくても歩けます。」

佐々木「じゃあ前から

音☆ 「パチッ

語り 胸の前に伸びてきた夫の手を叩く美紀。

佐々木「いてて。ママここ痛い。」

裕子「そんなこと知らん。」

美紀「ククク…何よ、この手は?いやらしい。」

佐々木「ご想像にお任せしますー。」

美紀「私ね、中学2年のちょうど今頃、いじめにあったの。今思えば、相手は1対1だったから、まだ良かったんだけどね。小学校の頃から仲良しだった。その子から見れば、私の暗い性格が嫌だったんだって。いじめは辛かった。私の性格が暗いから、その子には嫌だったみたいね。いろんなこと言われて辛かった。ひどいこと、理不尽なこと…思い出したくない。もしタイムスリップしたとしても、あの時代だけは嫌よ!確かに私も1ミリの艶もないほど暗かった。態度も言葉も表情も暗かった事は反省してる。でもどうしようもなかった。正確なんて簡単に帰れない。結局、その後2学期3学期と不登校。3年生になって新しいクラスで巡り会った子たちによくしてもらったの。それからは普通。大勢の人に協力してもらった。なかなかすぐには気持ちは切り替わらなかったけど、少しずつ考え方を変えることができたの。一生懸命笑い癖をつけた。その時お世話になった相談員の伊藤明日(めぐる)ちゃんに言われた言葉は忘れない。」

佐々木「そうか…そうか…よく話してくれたね。」

美紀「トラウマって厄介ね。わかってるつもりだけれど、うまくコントロールできない。」

佐々木「そうだよね。強い感動がないと消えないよね。消さなくても良いじゃん。俺には、キミコの朗らかさは天然のもののように見えるんだ。。素直に…正直に…面白いから、楽しいから笑ってる。」

美紀「うん…。ありがとう。何言われてもいいように非常口作っておかないといけないかなぁ…?」

佐々木「方向音痴なのに?」

美紀「あはははは…そうだよねー!」

佐々木「そうやって笑うのが1番。」

美紀「(自信なさそうに)うん…。」

佐々木「何を言われても大丈夫だから。考え過ぎは良くないさあ。あの子も行くんでしょ?」

美紀「ん?春波子(はなこ)ちゃんのこと?」

佐々木「そうてあるよ!あの子がいれば、ペースは崩れないから、大丈。」

美紀「そうか!ペースね。春波子…今度離婚するから、あの子の話もちゃんとしっかり聞いてあげたいし。」

佐々木「大体その子が来るのか来ないのかもわかんないでしょ?」

美紀「そうだよね。じゃあよろしくね。」

佐々木「禍福はあざなう縄のごとしって聞いたことある?良いこと。悪い事は交互にやってくるっていう意味。もしもね、馬鹿にされても、大端かかされても、ちゃんと帳尻合うようになってるから。」

美紀「うん。大福は、アザラシが縄を持ってきてからってことね。」

裕子「おい、ちげーだろ!要クン…阿呆な娘でごめんよ。」

佐々木「いえいえ…覚えようとしてくれてるんだろうね。」

美紀「でもなぁ…。この先とくさんがアメリカに行っちゃうと思うと、なあ…。」

佐々木「俺だって心細いよ。まぁまぁ…気持ちを大きく持ってね」

語り 両手で人型に輪を作り、頭上に持ち上げる要。。美紀「うん…。あ!なに、その大きさ微妙。手の動かし方がおかしい。」

佐々木「そんなの、普通じゃ面白くないもん。」

美紀「なんか…心配になっちゃう。」

裕子「自分の強みに自信が持てないようなら、行ったところで面白くないさ。やめればいい。あんた自分にとっての比較三原則って考えたことある?」

美紀「何それ?ヒカク?どこかに核兵器しまってあるの?いくらとくさんだって作るの無理でしょう…。何を比べる?」なあ

裕子「そーよ。比較っていうのはね不利な時に考えるものよ。有利な時には考える必要もないし。でも一度意識するとね負の沼。いくら自分のテーマが安寧を作り出すことだとしてもだよ、比較するような人を作り出しちゃだめよ。私もね、お父さが亡くなった時は辛かったよ。居る世界といない世界を比較してた。晃(ひかる)君も随分と愉快な人だったから。でもある日気がついた。このままじゃいけない…って思ったから比較するのをやめた。一切比較しなくなった。楽になったよ。」

美紀「うん…わかるよ。私にとって安寧っていうのはね、責任を持って向き合う、一緒にときめくってことよ。でもそれは、家族の中だけ。森下由紀ちゃんを今更探るつもりもないし、リベンジする予定なんてないから。」

裕子「それなら良いけどさ。」

佐々木「向き合ってときめくか。今年の5月1日は土曜日なんだ。」

美紀「何?とくさ?ん。」佐々木「いや…別に…。5月は1日、8日、15日それに19日が大事な日。」

美紀「おやぁー、歯切れが悪いね。動画の配信日だっけ?ちなみにね、向き合うときには2つの面に注意するのよ。また教えてあげるから。」

佐々木「うん。そうだね。」

美紀「私の昔話を聞いて驚いた?」

佐々木「うん…それはまぁね。でも俺、今を見たい方だし。過去がどうであれキミコの中には、好きな自分がいるから良いんだけど。今のこの明るさに匹敵する暗さがあったんだ。」音言うことか…よくがんばったねぇ。すごいよ!よく頑張ったね。素晴らしいよ」

美紀「大勢の人にお世話になってね、笑ってると、なんだか良いことあるんだなぁって気がついてきたのよ。」

佐々木「そうなんよ!笑うのが一番良いんよ。」

美希「好きな自分ってどういうこと?」

佐々木「インユアセルフ。見てるこちらが嬉しくなるほど楽しそうに暮らしている人が同じパンチで何度もダウンするはずない。」

美紀「ありがとう。とくさんは、私の前では照れ屋がだいぶ治ってきたのに。世間に出るといまいちね。何か良い薬ないの?」

裕子「そうだねぇこれはまだ非公認なんだけどさ、獣の力を借りてみるかいリスの耳垢を煎じて飲ませでみるかい?」

美紀「あはははは…魔法使いの世界に連れて行こうとしてるの?まず先に自分で試してみてよ。あの子たちに耳なんてあるの?」

裕子「あいにく…今のところ修正を必要とする箇所は無い。私は知っている。この家で誰が一番大きなパンツ履いているのかを。ちなメみに私は、準優勝。」

美紀「あらそう。たいした問題じゃないわ。中に収まればチャンピオンゃないの。」

ば裕子「私には、有望み、な後継者がいるから心配ない。へ美紀の話題退屈。」

美紀「良いじゃない別に…。中に収めれば自分がチャンピオンのくせに。そうだ!はーい先生!」

裕子「なんだい?そこのぶりっこ。」の佐々木「ハハハハハ……ぶりの子供…ハマチ、つばす?どっちにしても魚の世界のお笑い芸人。」

裕子「そっちじゃないよ。戻っておいで。」

佐々木「へい。」

美紀「あははは…台本があるみたいに良いトスを上げてくれるわね。明日の夜はね、白身魚のベーコン巻きしたいから、何か買ってきてくれる。」

裕子「ラジャー。それなら…ハマチを探してくるよ。要クンは、ナンパとか不倫とかしてみたいのかい?」

美紀「どストレート!すぎるわ!」佐々木「全然ないですね。キミコが悲しむ事はしちゃいけません。」

美紀「そのとーり!バックスクリーン直撃のホームランよ!!」

裕子「要クン…美紀の水着姿を見たことあるのかい?」

佐々木「ありますよ、前にグアムに行った時に。ピチピチでキラキラ、ユサのモコでニコニコ…可愛かったですよ。」

裕子「あぁそうか。ふーん。」

美紀「一部の表現がいやらしい。エロい。」

佐々木「ビキニの水着を見られるのは、それほど恥ずかしくないけど、ランジェリー姿は超恥ずかし。これが不思議なんです。パーツは一緒なのに…裕子「ぶりっこっていうのはね。そういうもんだわさ。」

美紀「ありゃー…こっちもエロくなってきた。類に呼ばれたともですか? 12級続けてファールボール、慌ててませんか?浴室に鏡をつけたくない人はね、やたら水着になっちゃいけないの。決まってるの。」

裕子「要クンさぁ…美紀の裸見たことあるのかい?」

美紀「おい!いきなり!何をお言いで?1イニングも持たないわよ。」

裕子「心配ない。2区のランナーがうまいことやってくれるから。更年期も末期に入るとぼんのうと闘わないとならないのさ。

佐々木「誰かの都合を受け入れてきた人の煩悩は、深さがあります。可愛いものです。「」

裕子「そういうもんかもね。!お見事!」

美紀「変に納得しちゃって、これでは二遊間に落ちたポテンヒット。万葉集の難しさを感じる。でも…いいい何言ってるのよ、2区の134号線なんてあなたの花道じゃないの。誰かに交代する気持ちなんてないでしょ?おかしな歳の取り方しちゃいやよ。」

裕子「この前駐車場で立ち話してたときに、周りをうろちょろしてたリスのしっぽを踏んづけたことがあった。その時にデリカシーを奪われちゃったのかも…。」

美紀「気の毒ね。」

裕子「どっちが?で、要クンの答えは?」

美紀「おい!まだ行くんかい?」

裕子「うん。星の数位頑張ろうかなぁと思ってさ。」

佐々木「何度かチャンスはあったんですけどね、それだけなんです。」

裕子「そりゃ残念だったね。」

佐々木「ああいうのは、見た側の衝撃はすぐに消えちゃって、見られた側の凹みは一生残りますから、1回でも厄介ですね。」。」

美紀「あはは…一、二塁間を抜く速いヒット!」

裕子「優等生の回答で面白くない。何を狙っているんだい?」

佐々木「来年春の高校野球甲子園出場と選手先生。」

裕子「まだ選考委員招集されてない。まず夏を頑張れ!あ、夏いないのか。」

美紀「私の旦那さんは、パンツごときに惑わされる人じゃない!」


佐々木「パンツごときで…鼻血が止まらなくなってしまった。救急車に乗ったり、あの時は体裁悪かった。大変だった。」

音☆「わはははは…」「あはははは…」2人の大きな笑い声。


美紀「あの話し出したら、一イニングがたったの3級で終わらせられるわよ。」


裕子「じゃあ何に?」

美紀「んー…わかんない。」

佐々木「さっきまであった抱き枕がいつの間にかキミコと入れ替わってると、ドキドキして眠れませんね。夜は寝かせて〜だわさ。」

美紀「ごめんね。きゅうりのキューちゃんね、あの子悪い子じゃないんだけど突撃にはお邪魔。」

裕子「素敵なお話じゃないの!煮るなり焼くなり好きにしていいから。」

美紀「これは…ライトポール際へのホームラン性の大ファル。これが娘婿と義理の母との会話か?あ!要ちゃん…ホームラン打って、流れを断ち切ろうとしてきたわね?」

佐々木「なんだか野球やりたくなっちゃった。お風呂上がったらヒーローインタビュー。しっかりやっといて。マイクは冷凍庫に3本入れといたから。」


語り 一瞬物語りとはそれます。これが起源か。この時点ではまだ接触機会のない4歳の俺たちにとって、この人が野球を始めることで、俺たちの人生も変わったんだろうなと思います。俺たちの未来予想図。


美紀「やったー!気が利くじゃないか。。」

裕子「要クンにとって下ネタとは何?」

美紀「左打者インコース高めに最後の勝負。」

佐々木「相手やその場のゆとりの確認。」

美紀「わ!こりゃフェンス直撃3ベースヒットなのに…タッチアウト!あはは楽しい!」

裕子「確認される側の代表として一言言うよ、水着と下着の使い分けは、楽しみと守る役目が違う。こんなの言われないとわかんない。人に下ネタを語られたくない。やめて欲しいな。」

美希「お笑いで滑るだけなら、何度でも取り返しはつく。下ネタで滑ると、それまでよ。卒業したまえ。」

佐々木「はい。興味本位で浅はかでした。すいません。  じゃぁ…ザバーン、ザバーン、…ドローン。」

美紀「あはは…今のはダメ。つまんねー。原点!」


音☆ 浴室に向かう足音、引き戸が閉められる音。


裕子「怒らせちゃったかなぁ」

美紀「そんなことないよ。私を困らせないようにしてくれたの。とくさんね、半年位前に、大学院時代のゼミの教授から法人枠講師の協力依頼あったよーって言ってたでしょ。」

裕子「そうだった!あったあったそんな話。」


美紀「でね、出向元のトクラン自動車に相談して、人事から週に4時間までならオッケーって返事もらったの。ところがアスナロが納得しなかったのよ。オッケーもらえれなくて、結局今回えのアメリカ転勤になっちゃったわけ。あの人刺激のある暮らしのインアウトが大好きな人だから、なんだかテンション下がってきちゃってね…。「

裕子「そうなんだ。アスナロって結構行けずね。私の思うに…講師から教授になるんじゃないのかな。わくわくを生きるエネルギーにして、すべての大変をはねのけちゃう人だからさ。」

美紀「やっぱ!それ似合うよね!私もそのコースが良いんじゃないの…って言ったんだ。」

裕子「こんなこと言えるのもあと少しか…。哀れな私。そうだそうだ…あはれっていうのはね、悲しい意味じゃなくて、感動を呼ぶっていう意味でもあるんだってさ。」

美紀「へー、そうなんだ。知らなかったジーンとするシーンなんだね。あ。」

裕子「だらけの魔法は、あーやって使うのかい。効果はどうだい?」

美紀「そうねぇ…いつもフルスイングするんだけどね、フェンス越えは1度だけ。ニコニコ笑いながらフライアウトされちゃうの。見透かされてるわ。なかなか笑いが取れないよ。失敗ばかり…失敗だらけよ!」

裕子「そっちのだらけかい。あのフランス革命のジャンヌダルクの絵、どうしてあんな風に描かれているのかね?あれ、じゃあ、まるでリベンジポルノだよ。」

美紀「それはね、妖精だからよ。」

裕子「そうなんだ。妖精ってのもデリカシーがないんだろうか?」

美紀「あっ!うそ!しまった!」

裕子「なんだ!急にうるさいよ!オペラの舞台にでも立つのかい?」

「ごめんごめん。5月1日ってさ…記念日だった。うっかりしてた。」

裕子「のどもと過ぎれば熱さ忘れる…。これは女子の特権よ。娘よ、旦那を尻に引きたければ、男はロマンチストだと言うことを覚えておきなさい。」

「どうしよう…。」



曲  宇多田ヒカル

     final distance

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