第9.5話 とある幼なじみと同人作家の密談

「もしもし、わたしだよ」


「あ、桜ヶ丘先輩。こんばんはです」


「急に電話なんてかけてきて、どうしたの?」


「いま作業中なんですけど、話し相手になってくれませんか?」


「ああ、うん。ぜんぜんいーよ。暇だったし」


「ありがとうございます!」


「作業って、もしかしてアレ?」


「はい、ゲスト原……じゃなくて、まーなんていうか、イラスト制作の依頼です」


「佳春ちゃんってすごいよねぇ。その年でもうお金稼いでるなんて」


「それを言ったらバイトも似たような感じじゃないですか?」


「うーん、まあ、それもそうなんだけど……」


「異なる点があるとすれば、こっちは自由業っていうところでしょうか」


「うん、バイトはあくまでバイトでしかないけど、佳春ちゃんの場合はれっきとした職業じゃん。あこがれるなぁ」


「桜ヶ丘先輩はなにか趣味とかあるんですか?」


「それがないんだよ。だから、佳春ちゃんみたいに好きなことに一直線な子がすっごく羨ましくて」


「なるほど……あれ、でもこの前お会いした時、香水に詳しそうでしたよね?」


「好きだから買ってるだけで、そこまで詳細に知ってるわけじゃないよ。服もそうだし、どれも中途半端なんだよね、わたし」


「でも、逆に言えばそれだけ色々な取っ掛かりがあるということです。自分が本当に好きなことに出会えるまで、いろんなことにチャレンジし続けるのが良いと思いますよ」


「……なんていうか、佳春ちゃんてあんまり年下っぽくないよね」


「そ、それはどういう意味ですか?」


「すごい達観してるっていうか、冷静にものごとを判断できてるというか、頼りなさを感じないっていうか」


「桜ヶ丘先輩には劣りますよ。私、別に人ができてるわけでもないし、勉強ができるわけでもないですから」


「あれ、わたしの学力について佳春ちゃんとお話ししたことあったっけ?」


「風見先輩から教えてもらいました」


「……なるほどねー?」


「なんか、イヤなことでもありましたか?」


「ううん、別にそんなことないよ。ただ、今日のことで風見くんにちょーっと不満を抱いたことを思い出しただけ」


「なにかあったんですか?」


「今日、風見くんとドラッグストアに行ったんだけどね?」



「……それは、まあ、なんていうか風見先輩が悪いですね」


「風見くんとの間柄だし、いっそのこと言っちゃおうかな、とも思ったんだけど、さすがに……ね?」


「言いづらくはありますね」


「だから、結局は何も言わずじまいだったんだけど、とにかくそれがずっと不満で」


「でも実際、風見先輩と桜ヶ丘先輩は4年ぶりに会ったんですよね?」


「うん、そうだね」


「つまり、最後に風見先輩が桜ヶ丘先輩を見たのは小学生のとき……彼のことですから、たぶん価値観とか根本的な先輩に対する意識は当時からまったく変わってないんじゃないですか?」


「そうなのかなぁ……」


「少なくとも、女の子を相手にしているのにそういう配慮がまったくできていない時点で、意識は小学生の頃からまったく変わってないと思います」


「あはは、けっこう言うね」


「当然です、こっちだって何度振り回されたか分からないですし」


「そういえば、佳春ちゃんと風見くんっていつからの付き合いなの? 聞いてる感じだと高校よりももっと前っぽいけど」


「知り合ったのはわたしが中学一年生の頃ですね。本格的に二人でサークルを運営し始めたのは中学三年生です」


「じゃあ、だいたい4年くらいの付き合いになるんだ」


「はい。まあ、桜ヶ丘先輩と比べたらまだまだですけど、私なりに彼の良いところとか、悪いところは理解しているつもりです」


「――風見くんの良いところって、どこだと思う?」


「……そんなに仲悪かったんですか、お二人」


「そ、そういう意味じゃないよ!? 普通に聞いてるだけ!」


「うーん、とにかく自分の好きなこととか、信じたことに一直線なところですね。たまに変なところにこだわり過ぎて締め切りを破ったりすることもありますが、彼のイラストに対する情熱は誰にも負けないと思います」


「なるほど、たしかに風見くんって昔からこだわり強いタイプだったかも」


「やっぱりそうなんですか?」


「うん。幼稚園の頃、二人でおままごとやってるときも、わたしを妹役にするって言って聞かなかったし」


「その年から妹に執着してるんですかあの人!?」


「まあ、たぶん偶然だと思うけど」


「はぁ……なんだか桜ヶ丘先輩の苦悩を労いたくなってきました」


「そこまで悩んでないから大丈夫だよ。疲れはするけど」


「――じゃあ、逆に質問です。桜ヶ丘先輩にとって風見先輩の良いところはどこなんですか?」


「えっ、わたし?」


「はい、私だけ答えるのは不平等です!」


「むぅ……いいところか」


「もしかして皆無ですか?」


「そっ、そんなことはないよ! ただ……」


「ただ?」


「……どれにすればいいか、迷ってるだけ」


「なんだ、惚気ですか」


「惚気じゃないよぅ!?」


「ふふっ、冗談ですよ。それで、どこなんですか?」


「まあ……なんだかんだ優しいところ、かな」


「優しいところ、ですか」


「うん、風見くんってね、普段はあんな感じだけど、実は気の利くところもあるんだよ」


「ドラッグストアの話を聞いてるとぜんぜんそんな感じはしませんが」


「あれは、まあ……男子じゃ気づきにくいっていうのもあるし」


「具体的なエピソードとかありますか?」


「うーん、例えばわたしが寝てるときにそっと毛布をかけてくれたり、電気を少し暗めにしてくれたり?」


「な、なんだか、普段の風見先輩からは想像もつかない繊細っぷりで頭がバグりそうです」


「気づかないフリしてけっこう周りを見てるから、そういうさりげない感じがわたしはけっこう好きかな」


「……桜ヶ丘先輩、好きなところじゃなくて『いいところ』の話題だったはずなんですけど」


「え、あっ、べ、別に好きなところもいいところも変わらなくない!?」


「やっぱり惚気じゃないですか」


「惚気じゃないってばぁ!」

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