タダ飯食って夜が更ける

 僕は成人時に157センチ、38キロという吹けば飛ぶような人間であったこともあり、荒っぽい人が本当に嫌いである。だから荒っぽい自慢、ワル自慢みたいなのは心底聞きたくないし、もっといえば怖いのだ。


 そんな僕だが、無実の罪をかけられて、正当防衛で逮捕勾留されるという信じ難い出来事が発生した。そして悲しいかな、留置場という空間の不可解な面白さを体感してしまったのだ。


 僕は日々の体験を人と話すのが好きなのである。そこである種のジレンマが生じる。「留置場体験」というのは荒っぽい自慢、悪い自慢みたいに聞こえかねない。いや待ってくれ!おれは無実!これは「善人の酷い目に遭った体験談」なんだよ!


 しかし事情を知らない人はそんな話を聞いてくれない。だから留置場の話というのはリアルではできないのだ。


 今日は共にシェアハウスをやろうと誓った同志に、先日の発狂を詫びに東京に赴いた。なにぶん面倒な話なものだから、じっくりと話せる場所をということで彼が用意してくれたのが、彼の友人が開く予定の飲食店である。オープン前にオペレーションを確認したいと、ひとり厨房でメニューを作り、我々に提供することで調理時間などを確認したいと彼の友人である店主が言ってくれていたという。


 そこで舌鼓を打ちながら先日来の話をしていると、他に客がいない気やすさからか、留置場での面会の話など出てきてしまい、まずいと思ったが店主がこちらを見つめている。


「あれ、あなたも留置場に」

友人も知らなかったらしいが、どうも店主は酒乱気味で、酔って目覚めて留置場という体験があるという。


 そこで我々は遠慮なく留置場トークに花を咲かせた……謎の食パン、コッペパンの連打にモロズミのジャム、無実、微罪、そう、我々は悪人ではない……。


「いや。えりぞ、お前はたまたま逮捕が無実だったかもしれないが、悪人なんだよ。誰かの言うとおり戸塚ヨットスクールに入れよ」


 たしかにそうだ、その通りだ。ありがとう。戸塚ヨットスクールの5段ベッドで眠り、大海原で肌を黒々と焼く間も無く突き落とされて藻屑となる。そしたらみんな笑顔になる。


 無職の2人はタダ飯を食らい帰途についた。さらばだ。明日は悪人じゃない僕がいたらいいな。

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