通院、デート、映画

 にわかに風が涼しくなって、Tシャツに短パンという夏の無職ルックで出かけたことをわずかに後悔する朝であった。


 今日は月に一度の精神科通院である。「お前!ぜんぜん良くなってねえぞ!そこはヤブだ!」と友達に叱られながらも4年間、僕がここに通うのは、いまさら別の病院を探すのも面倒くさいし、なんとなく医者と気が合うというか、ヘラヘラしながら僕の大問題に耳を傾けてくれるのが心地よいというのもあるからだ。


 そもそも、直滑降のような角度とスピードで悪化してゆく精神状態が、この病院の処方する薬でだいぶん上向いたというのは間違いない。問題はおそらく、ナチュラルに下がり続ける精神状態に薬が対抗しきれておらず、螺旋飛行する壊れた飛行機みたいに、高度を上げたり下げたりしながら同じところをグルグルと回り、結局ジリジリ墜落に向かっているという点にある。


 どの町に墜落するのか。もはやそんな感じになっているから、離婚してくれと頼むのだし、職場ともオサラバなのである。


 妻は午前中に所用があってお休みで、午後に合流して、少しだけある横浜の洒落た街区やみなとみらいを歩いた。まあもう僕ら離婚する前提なものだから、むかし横浜で営業マンしていた妻がおすすめする、白い塗り壁が綺麗な、安くて美味しいイタリアンのパスタ代は割り勘しようぜと笑って話した。


 それから妻の母さんが、誰かからもらったのだという映画のチケットで、僕らは『ヒックとドラゴン』を観に行った。僕なら絶対に選ばない映画だし、たぶん対象年齢も違うけど、同じ時間を共有できる映画館デートは好きで、出てから「対象年齢違うじゃねえか!」とか愚痴ったら妻が「私は児童書の雰囲気がある映画が好きで、空を飛び回るシーンもよかったよ!」と意見対立してしまった。


 妻と2人で観て、2人ともよかったと意見が一致した映画は、『ダークナイト』『300スリーハンドレッド』くらいだろうか。僕だけ何故か泣いていた『風立ちぬ』とか、『硫黄島からの手紙』なんてものあったな。2人とも合わなくて、2人とも寝てしまったのは『ナルニア国物語』だったかな。


 もうすぐ僕ら離婚して、家を出て、他人になる。20年間本当にお世話になってしまった。


 侃侃諤諤と過去見た映画の話をしていたのに「こんな時だから、せっかくならえりちゃん好みの映画にすれば良かった」といきなり涙ぐむ妻にも動揺があるのだろう。


 駅前のスーパーとドラッグストアで買い物して帰る。一段と秋の風が寒い。夏の無職ルックには厳しい。帰り道は手を繋いで妻を僕が励ます。そんな場合じゃねえよ僕、起訴されるかもおじさんなんだけど。


 家には僕の父親が迎えにいき保育園から帰ってきた次女と、塾から帰った長女がいる。


 俺がいなくても回る家が段々とできてきている。

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