第3話 破局の理由


 一緒にホテルに行ったとか……5ヶ月も付き合ってたら普通なんじゃないの?

 それがどうして紫乃があそこまでになるのか、あーしにはわからないんだけど……


「それだけなら、普通はあんなに怖がらないよ……あんた紫乃の彼女だったんでしょ?」


「私……誕生日で……一緒にお酒を飲んでみたくて……」


「ん? うん、んで?」


 急に話し始めた笹原って子の話を、仕方なく聞くことにする。


「そしたら紫乃……すごく酔ってて……フラフラで帰れそうもなくて……ホテルに行って……」


 まあ、それはしょうがないか。

 この子じゃあ、あの長身の紫乃を運ぶなんてできないんだろうしね。

 酔いを覚ますのに、ゆっくり周りを気にせずに休ませることのできる、ホテルという選択肢もそう悪いものではない。

 相手の了承をしっかり取っておけばだけど、この場合どうなん?


「それであなたが紫乃に何かしようとしたの?」


「…………汗が凄かったから……シャワー浴びてもらってて……私も酔ってて……キス……したくなって……一回もしたことなかったから……誕生日だったから……本当は最初から……その日にキスしたくて……それで」


 キス? 5ヶ月のカップルがまだキスもしたことないの?

 お酒も飲めるような歳でキスで泥沼とかありえるの?


 これまで何十、何百としてきたキスの一つで……なんなら付き合う前にキスするとかもザラにあったけど?

 それで大事おおごとになるなんて、あーしには想像がつかない……

 ただ、ファーストキスというのがもしも紫乃も経験がないのなら……

 というか、紫乃真面目そうだし、経験なさそー……

 この子に好意持たれてても、ぜんっぜん気づいてなかったし……


 でも、紫乃の話じゃキスなんて生易しいものじゃなかったけど……?



 あーしの視線から疑問を汲み取ったのか、この子は意を決して口を開いた。


「ドア越しに、私……『もう待ちきれなくて……』って……『わたしも入っていい?』って……声掛けてて……少ししてからドアがあいて」


 ホテル行って、さすがにキスだけとかないって思う……しかもその言い方なら、絶対違うこと想像するでしょ。

 それで紫乃はあんなに怯えてたのか……


「私の腕を引っ張られて、ドアが閉まって……そのまま部屋の方からバタバタって……何が起きたのかわかんなくなって……怖くて……でもドアを開けたら……紫乃が居なくて……」


「……はあ……それはもう、やらかしたね。完全に……」


「……私……謝りたくて……それで来ました……メッセージも届かなくて……通話もダメで……学校も来てなくて……謝れなくて……ここに来るしかなくて……」


 メイクで誤魔化してるけど……よく見たら目元は最初から腫れていた。

 この子もずっと泣いてたの?


 ……あー……なんっであーしはこの子に声掛けちゃったんだろ……

 ガチ面倒じゃん……


 こじれてるなんてものじゃないし、正直もう無理だってそれ……

 そんなん忘れて次行った方がいいよ?

 それなのになんで来ちゃうかな……

 紫乃も、この子も、ほんと不器用すぎなんだよ……


 百歩譲って、この子の発言を誤解だったって、キスのことだったって伝えられたとしてもよ?

 そもそも伝わるかも分からないけど……


 紫乃のトラウマはもう無くならないわけだし……この子とやり直せるとは……

 あーしなら絶対無理かも……1度口から発せられた言葉ってそんだけ重いからね……


 酔っていたとしても、この子の言い方が悪かったのは事実なわけだし……

 その場の状況と、相手の気持ちが見えてなかったんだと思う……


「あなた、コーヒー飲みたいんでしょ? でも、もう紫乃には会わない方がいいと思う。お互い傷つくだけかもしれないし」


「……ぇ……」


「謝っても……紫乃はあなたのことが怖いままかもしれないし、なんとも言えない……そもそも今の紫乃はあなたと会える状態じゃない。どの道すぐにはどうにも出来ることじゃないのはわかってほしいかな、紫乃の先輩としては。それにあなたにも、もう少し自分の気持ち整理する時間必要でしょ?」


 あーし、何してんだろ……


「しばらくはさ。ここじゃなくて、別の店舗でコーヒー頼んでくれない? 一応、シティ店の方だったら、私が顔効きしてちょっとだけサービスするからさ。好きなカスタマイズ1つサービスする。学校もそっちの方が近いはずだし、一旦それでもいい?」


「……はい……聞いてくださって……ありがとう……ございます……あの、ええと、紫乃の先輩さん……」


秋林 鈴織あきばやし りお。名前教えとく。明日からシティ店で私の名前出して注文しな」


「あきばやしさん……わかりました。私は笹原 深初ささはら みうって言います。ありがとうございました」


「おけ、笹原ちゃん。今日は何飲みたい?」


「へ? いいんですか……?」


「泣かしたまま何もなしで帰せないから……ほら、好きなの言ってみて?」


「それでしたら…………紫乃と同じのを……」


 あーしは頭を抱えたくなる気持ちを抑えて、眉をヒクつかせながら同じものを用意した。


 この子、絶対諦めてない……!


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