第6章 月下の邂逅

【読者の皆さまへ】

 お読みいただき、誠にありがとうございます。


【作品について】

 ・史実を下敷きにしたフィクションであり、一部登場人物や出来事は脚色しています


 ・本作品は「私立あかつき学園 命と絆とスパイ The Spy Who Forgot the Bonds」の遠い過去の話です。

https://kakuyomu.jp/works/16818622177401435761


 ・「私立あかつき学園 絆と再生 The Girl who discovered herself」と交互連載です。

https://kakuyomu.jp/works/16818792437738005380


 ・この小説はカクヨム様の規約を遵守しておりますが、設定や世界観の関係上「一般向け」の内容ではありません。ご承知おきください。



 ・今作には[残酷描写][暴力描写]が一部あります。


 ・短編シリーズ始めました(2025年8月16日より) https://kakuyomu.jp/works/16818792438682840548



 ・感想、考察、質問、意見は常に募集中です。ネガティブなものでも大歓迎です。




【本編】

信康たちが、富士を越え上田を目指していた頃――。


――相模国さがみのくに・小田原の外れ。

 

薄曇りの月を背に、黒装束の影が幾人か集っていた。

影たちは、ひっそりと闇の中で囁きあう。


――何人やられた?


――柳生新陰流……あなどれん。


――煙玉を使う奴もいたぞ。


その中心に立つは、伊賀の頭目――服部半蔵だった。

彼は静かに影の一人へ視線を向ける。

そして、低く問いかけた。

「首尾は?」


問いかけられた影が地に膝をつき、低く告げる。

彼も半蔵と同じ忍だ。

「申し上げます。信康様を、箱根の峠にて追跡仕りましたが……逃しました」


もう一人の忍の者からも、声が飛ぶ。

「それからは夜の闇に紛れ、行方知れず……面目ございません。思わぬ反撃を受けてしまい……」


半蔵の双眸が冷ややかに光る。

「……やはりか、さすが若殿……」


忍はさらに続ける。

「行く先は東と見受けられまする。しかし確証はござらぬ。それに関東は北条の領域……」


半蔵はうなづきながら、低く訊ねる。

「風魔が地理を抑えておるからな。それは承知しておる。下手に大人数で動けば、若殿に動きを察知されかねん……」

「その通りでございます」


半蔵は腕を組み、しばし沈思した。

 

(東か……あるいは北か……しかし北には武田がいる)


(まさか西には行くまい。織田信長公とぶつかる……)


(南は海……逃げ場は無い……)

 

低く洩らす声は、夜風に溶けて消えた。


その時、草葉を掻き分けて一人の女忍が進み出る。

若き声が、上方訛りを帯びて響いた。

「半蔵様! ほな――更に北に行けばええんちゃうやろか?」


半蔵の目が訝しさを帯びる。

女忍へ鋭い視線を向ける。

「どういうことだ?」


女忍の声がすぐに返った。

「上田城……真田はんを訪ねたらどやろか?」

「真田……?」

半蔵が眉を寄せる。


女忍は、にやりと笑んで答える。

「そやで!真田はんはこのところ――武田はんから離れたて噂なんですわ」

半蔵が渋面で首を傾げる。

「つまり……誰にも組みしてないと?」


女忍が軽くうなづく。

「信康様は味方を求めたはる。あのお方やったら、ちょうどええんとちゃうかな?」

 

「……なるほど」

半蔵の眼が鋭く細まる。

「しかし、あそこは武田領――甲斐国かいのくにを超えた北だ……」


すると女忍が笑顔で返答する。

「そんなん……パッパと行ったらええんちゃいますか?ウチの足なら……」

半蔵が言葉を静かに遮る。

「お前だけの問題ではない……徳川の命運がかかっておる。確証が無いまま、動いてはならん」

女忍が軽く頭をかいた。

「せやな……半蔵様の言う通りや」


他の忍びたちがざわめき始める。


――武田の先に行くのか?


――余りにも危険ではないか?


――それに、信康様は武田への内通を疑われているのだろう?


――わざわざ、そちらを通るなど……首を差し出すような物ではないか?


半蔵が忍たちを静かに制する。

「鎮まれ……今は何も確証は無い」

忍たちのざわめきがサッとやんだ。


すると、女忍は小首を傾げ、問う。

「では、どないしはりますの?半蔵様?」


半蔵は口を閉ざし、しばし黙考した。

やがて、低く命じる。

「……しばし考える。一度に大人数で動けば、たちまち騒ぎとなろう――お前たちは引き続き行方を探れ」


「承知!」

女忍を含む一同が頭を垂れ、闇に溶けて消えた。


――闇に残されたのは、半蔵ひとり。


「……」


その背後より、不意に声が落ちる。

「迷いがあるようじゃな……?」


半蔵は振り返った。

そこに佇むのは、白髪を蓄えた老剣士だった。


その姿を見て、半蔵はつぶやきを漏らした。

石舟斎せきしゅうさい殿……」

半蔵の眼に、一瞬の驚きと警戒が交錯した。

 

「ふっ……」

石舟斎が薄く笑った。

「ワシは信康様に剣を教えた……少しは心がわかると自負しておる……」


そして、石舟斎は静かに問いかけた。

「何か助力できるやもしれん……どうじゃ?」

半蔵の目が少し見開いた。

その顔は何かを思案しているように見えた。

(若殿の……心……)


そこに石舟斎の言葉が静かに重なった。

「わしは我が師の遺言を負うた者――“活殺”が虚妄か真か、若殿とそなたの刃で量ってみせよう」

更に石舟斎は続けた。

「半蔵、そなたを地獄に落とすつもりはない。師として、証人として、共に行こうぞ」


半蔵の表情が引き締まった。

「石舟斎殿……」


石舟斎の顔も引き締まった。

「“心”と“剣筋”が全てを教えてくれる。いつでも偽れる――文や花押とは違うのだ……」 

 

月影が、二人を鋭く切り裂くように照らしていた。

――その光は、やがて血と宿命を映す刃となろうとしていた。

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