第15章 常陸の鬼義重

【読者の皆さまへ】

 お読みいただき、誠にありがとうござます。


【作品について】

 ・史実を下敷きにしたフィクションであり、一部登場人物や出来事は脚色しています


 ・本作品は「私立あかつき学園 命と絆とスパイ The Spy Who Forgot the Bonds」の遠い過去の話です。

https://kakuyomu.jp/works/16818622177401435761


 ・「私立あかつき学園 絆と再生 The Girl who discovered herself」と交互連載です。

https://kakuyomu.jp/works/16818792437738005380


 ・この小説はカクヨム様の規約を遵守しておりますが、設定や世界観の関係上「一般向け」の内容ではありません。ご承知おきください。



 ・今作には[残酷描写][暴力描写]が一部あります。


 ・短編シリーズ始めました(2025年8月16日より)

https://kakuyomu.jp/works/16818792438682840548



 ・感想、考察、質問、意見は常に募集中です。ネガティブなものでも大歓迎です。




【本編】

  約4日後……。

 

 信康、亮衛門、京次郎は馬を駆り常陸国ひたちのくにへ入ろうとしていた。

 山を越え、谷を抜けていく。


 信康は馬に揺られながら、身罷った剣聖――上泉を慈しんでいた。

「真緒殿は、喪に服すと申しておった。だから庵に残るとな」

 亮衛門も神妙な顔でうなづく。

「”川中島で先生に名前をいただいたから”とも申しておりましたな」

 京次郎の顔に少し暗い影が降りた。

まこといとぐち……でござるか……」

信康は遠い目をして、つぶやきを漏らす。

「上泉殿も、何かにすがりたかったのかも知れんな……剣聖も……ただの人間であったか……」


ふと、京次郎が目を細めた。

そして、つぶやきを漏らす。

「山奥に……女ひとり……心配ではあるがな……」


亮衛門が少し揶揄うように言う。

「そんなに心配か?あの女、南蛮渡来の妙薬の使い手じゃぞ?芯は強いと見受けるが?」

 京次郎の視線が下に降りる。

「だが……世も世なれば、物騒ではないか?」

「なんじゃ?惚れ薬でも飲まされたか?お主らしからぬ言葉じゃ」

「そんなものではない……」

二人の間に神妙な空気が流れていた。 


 信康も揺られながら、神妙な顔をする。

「"活殺"……私は……半蔵を……斬りたくない」


 そして、亮衛門が豪胆な声を上げた。

「殿!見えましたぞ!」

 京次郎も冷静に告げる。

「太田城でございます……」

 信康は遠くに見える城を見てつぶやいた。

「……佐竹殿の……城か……」


 三人は長い旅路の末、ようやく目当ての城にたどり着いた。

 ほどなくして城下へたどり着く。


 ――太田城下。


 堂々たる城郭を近くで見上げ、亮衛門が息を整えつつ口を開く。

「ここが……東国無双と呼ばれる男の居城……」

 京次郎は険しい表情でうなずく。

佐竹義重さたけよししげ――『常陸の鬼義重』。勇猛果敢にして豪放磊落。殿を迎えるにせよ、ただでは済みますまい」

 信康は馬上から城を仰ぎ、静かに言った。

「されど、ここまで来た。逃げ場はない」


 三人は城下をゆっくりと進む。

 そして、城門までたどり着いた。

「頼もう!徳川家康が嫡子!松平信康!佐竹殿に謁見を願う!」


 城内がざわめきに包まれる。

 

 やがて三人は城門をくぐり、大広間へと案内された。

 そこには、巨躯にして猛々しい顔立ちの男が、豪快に酒盃をあおっていた。

 まるで戦場そのままの風貌――これが佐竹義重であった。


「ほう……徳川の若殿が、はるばる我が下へ来るとはな!」

そして、酒盃をあおり続けながら、更に続ける。

「信長公に処断されたと聞いたが……こうして生きておるとは……世も末よ!」


 その声に、家臣たちがどっと笑い、広間が震えるように響いた。

 

 ――おいおい、徳川ってどうなってるんだ?

 

 ――織田に潰されちまうぞ?


「静まれ!」 


――カーン!

 

 突如、義重は盃を力強く打ち鳴らした。

 広間が静寂に包まれる――。

 


 信康は一歩進み出て深く礼をする。

「父上の命により、命を絶てとの沙汰……されど我はまだ生きております。徳川の血脈、絶やすわけには参りませぬ。義重殿、どうか御助力を!」


 

 ――ファサ……。


「ガハハハハ!」

 義重は豪快に笑いながら、机の上へ乱暴に一通の書状を投げ置いた。

「ちょうど良い。信康殿に見せてやろう。先日、早馬で届いたものだ。徳川殿からの書状よ」


「なに……!もうここまで手が」

 亮衛門と京次郎が驚愕の声をあげる。

「半蔵殿がここに及ぶのも……時間の問題か……」


「この書状……」

 信康は静かに歩み寄り、その書状を手に取った。

 筆跡は父のものに見える。だが――。


 ――『もし松平信康を見かければ、速やかに捕らえ、織田家へ引き渡すべし。徳川家康』


 信康の手が震えた。

「父上が……このような……しかし、なぜ信長公に我が身を引き渡せと?ん?」

 しかし、ふと目に留まるものがあった。


 亮衛門と京次郎が反応する。

「殿?!」

「何かあるのです?」

 

「……待て。これは――」

 信康は目を細め、花押かおうを凝視する。

 花押とは公式文書の正偽を証明するもの。

「実印」や「本人署名」に相当するものだ。

 

 それが、信康の目には違和感を感じさせた。

「……この花押、父上のものに似ておるが……僅かに違う。偽書ではないか?」


「なんだと!」

 義重が立ち上がり、広間に重い声を響かせた。

 そして、巨大な刀を抜刀した。


 ――ギラッ!


 その刃長は80cm。

 それがかなりの威圧感を醸し出していた。

 切っ先が信康の鼻先をかすめる。

「貴殿の方が、偽りではあるまいな?」


 信康は顔を見上げ、強い視線を送る。

「天地神明に賭け、偽りは申しませぬ!」

 義重は切っ先を突き付けたままだ。

八文字長義我が愛刀のサビになるぞ?」

 信康はさらに強く眼を合わせた。


 義重の家臣たちがざわめく。


 ――本当に徳川の御曹司なのか?


 ――あの若殿、斬られるぞ……。

 

 すると、京次郎が一歩進み出て、冷静に義重に問うた。

「佐竹殿。この書状を届けた者、身元は確かでございますか?」

 義重は眉をひそめ、記憶をたぐった。



 ――スッ……。

 

 

 刀身が下に下される。

「徳川殿の代理と名乗っておった。確か……水色桔梗みずいろききょうのぼりを掲げていたな」


「水色桔梗……!」

 亮衛門が息を呑む。

 京次郎が険しい表情で言った。

「それは……明智光秀殿の家紋……!」


広間にざわめきが走った。

ざわめきは次第に大きくなり、広間の空気が張りつめていった。

 

義重は腕を組み、低く唸った。

「……信康殿。どうやら徳川の影には、さらに深い闇が潜んでおるようだな」

その眼光が、信康を鋭く射抜いた。


信康は唇を噛みしめ、拳を固く握った。

(光秀殿……なぜ私を……)

その思いは、次に訪れる大きな選択を暗示していた。 

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