第14章 暁の向こう側
【読者の皆さまへ】
お読みいただき、誠にありがとうござます。
【作品について】
・史実を下敷きにしたフィクションであり、一部登場人物や出来事は脚色しています
・本作品は「私立あかつき学園 命と絆とスパイ The Spy Who Forgot the Bonds」の遠い過去の話です。
https://kakuyomu.jp/works/16818622177401435761
・「私立あかつき学園 絆と再生 The Girl who discovered herself」と交互連載です。
https://kakuyomu.jp/works/16818792437738005380
・この小説はカクヨム様の規約を遵守しておりますが、設定や世界観の関係上「一般向け」の内容ではありません。ご承知おきください。
・今作には[残酷描写][暴力描写]が一部あります。
・短編シリーズ始めました(2025年8月16日より)
https://kakuyomu.jp/works/16818792438682840548
・感想、考察、質問、意見は常に募集中です。ネガティブなものでも大歓迎です。
【本編】
――雨が降り注ぐ、
その山奥にある小さな庵の軒先。
地はぬかるみ、杉の梢を叩く音が絶え間ない。
三つの影が肩で息をして立ちすくむ。
信康、亮衛門、京次郎――いずれも衣は雨に貼りつき、滴が顎からしたたり落ちていた。
「勝てない……」
「バケモノか……」
「まさに……剣聖……」
その前に、白い寝間着の老人――上泉信綱。
彼も同じく雨に濡れていた。
「まだまだのようだな……」
遠い昔に剣聖と謳われたその男は、雨脚など意にも介さぬ眼で三人を見透かしている。
上泉が穏やかな笑みを浮かべる。
「……フフ……やはり“活殺”の道は……」
言い終える前に、喉の奥から咳がこぼれた。
「ゴホッ、ゴホッ……!」
上泉が膝を着く。
そして、力なく仰向けに地へ横たわった。
「先生!」
薮から駆け寄ったのは、細身でメガネの女――真緒。
肩口まで濡れた髪を払い、袖口から小さな土器を取り出す。
「先ほど、薬を煎じました。お飲みくださいませ!」
そして、一同が一斉に横たわる上泉へ駆け寄った。
信康が一歩踏み出し、視線を合わせる。
「上泉殿……なぜ、立ち会った……その身体で……」
上泉は薄く笑んだ。
「ただの老いぼれの……気まぐれよ。……そなたも“活殺”を、求めておるな?」
信康の瞳が揺れる。
「……わが師、柳生石舟斎は……」
上泉の言葉が静かに遮る。
「知れたこと……」
彼は低く遮る。
「まだ至っておらぬ……そなたや石舟斎……そして、ワシも……」
「先生、まず薬を!早く!」
真緒が土器を傾け、煎じ薬を口に運ぶ。
だが上泉は咽び、肩を震わせた。
「ゴホッ、ゴホッ!ふ……南蛮渡来の妙薬も、ここまでか……」
――ベチャ!
吐き出された妙薬には、赤い染みが混じっていた。
それは寝間着の前衿を染め、地面へ雨と共に流れていった。
「先生!先生!」
真緒の声が雨に溶ける。
上泉は彼女の手に自らの手を重ね、かすかに首を振った。
「世話になった……真緒。それと立派になった……」
真緒の頬に一筋の涙が落ちる。
「先生……私は……また1人に……」
上泉の目の光が暗くなり始めていた。
「活殺を求めていた放浪の旅路……武田と上杉が争った、あの川中島で拾ったお前を……ワシは……」
力が抜け、上泉は濡れた土に身を預ける。
一同が上泉を取り囲む距離が近くなる。
そして、上泉の目がかすかな光を放ち、信康を見た。
「そなた、斬りたくない相手が……おるな?」
掠れた声に、信康の目が思わず見開かれた。
「……」
上泉はふっと口元を緩める。
「その眼……わしも……石舟斎でさえも、至らなんだ境地……。そなたなら――ゴホッ、ゴホッ!」
「上泉殿!」
亮衛門が身を乗り出す。
真緒は肩が震え、涙が溢れだす。
「先生!私を1人にしないで!だから私は妙薬の秘術を……」
「真緒殿、お気を確かに……」
京次郎が真緒の肩をそっと支えた。
信康は膝を泥に突き、叫ぶように問うた。
「教えてくれ!“活殺”とは何なのだ!」
雨音だけが一瞬、世界を満たす。
上泉は遠くを見る目になり、唇を動かした。
「……
首が揺れ、胸の上下が止まる。
――ガクッ……。
「先生―っ!」
真緒の悲鳴が落雷のように庵に響いた。
「剣聖が……」
「
亮衛門と京次郎が押し殺した声を洩らす。
やがて、雨は細くなり、雲間から一条の光が差し込んだ。
濡れた葉が煌めき、谷を白い靄が流れていく。
信康は顔を上げ、光へ向かって吼えた。
「教えてくれーっ! 上泉殿ーっ!」
雨の降る庵の軒先。
信康たちは、剣聖の骸をただ茫然と見つめていた。
真緒はただ1人啜り泣き、膝をついて顔を覆っていた。
「先生……先生……」
濡れた地には、小さな赤い染みが漂い、一つの命の終わりを物語っていた。
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