第16章 第三の影
【読者の皆さまへ】
お読みいただき、誠にありがとうござます。
【作品について】
・史実を下敷きにしたフィクションであり、一部登場人物や出来事は脚色しています
・本作品は「私立あかつき学園 命と絆とスパイ The Spy Who Forgot the Bonds」の遠い過去の話です。
https://kakuyomu.jp/works/16818622177401435761
・「私立あかつき学園 絆と再生 The Girl who discovered herself」と交互連載です。
https://kakuyomu.jp/works/16818792437738005380
・この小説はカクヨム様の規約を遵守しておりますが、設定や世界観の関係上「一般向け」の内容ではありません。ご承知おきください。
・今作には[残酷描写][暴力描写]が一部あります。
・短編シリーズ始めました(2025年8月16日より)
https://kakuyomu.jp/works/16818792438682840548
・感想、考察、質問、意見は常に募集中です。ネガティブなものでも大歓迎です。
【本編】
太田城の広間は、騒然としていた。
信康、亮衛門、京次郎の三人は、呆然と下座に座していた。
一方、上座から向かい合うのは、勇猛果敢にして豪放磊落。
――”常陸の鬼義重”こと佐竹義重が、仁王立ちで鋭い眼力を放っていた。
その手には刃渡80センチの
義重を取り囲む家臣たちのざわめきが広間を包む。
それらは収まる気配がなかった。
明智光秀――
その名が出た途端、佐竹の家臣たちは互いに顔を見合わせ、声を潜めて囁き合う。
――織田の宿老にして、信長公の懐刀……。
――その使いが、なぜ徳川殿の書状を……?
義重は、八文字長義を力強く一振りした。
それは、鋭く広間の空気を震わせた。
――ブンッ!
そして、重い声で広間を圧した。
「静まれい!」
一瞬にして空気が凍りつく。
義重の鋭い眼光が、信康を射抜いた。
「信康殿。徳川でも織田でもない……第三の影が動いておるやもしれんぞ?」
信康は息を呑み、思わず問い返す。
「第三の……影……」
義重は低くうなずき、言葉を続けた。
「明智――あやつが何を狙うか。ここからが肝よ」
信康は蒼白になり、唇を噛む。
「三方ヶ原でお助けいただいた……光秀殿がなぜ……」
京次郎が冷静に問いかけた。
その視線は義重に向けられている。
「明智殿が暗躍していると?なんのために?」
義重は首を横に振る。
「わからぬ……だが……」
信康が訝し気な顔をする。
「だが?」
亮衛門も負けずに問いかける。
「佐竹殿!何とご推察されるのか!?」
義重は刀を静かに納刀する。
そして、上座に座り直すと、信康たちに鋭い視線を向けた。
「仮に……明智殿が天下を狙うとなると、一番邪魔になるのは、どこかと思うてな……」
亮衛門が困惑する。
「明智殿が?」
京次郎の目が見開いた。
「まさか……そのような……」
義重は盃を手に取り、神妙な面持ちで続ける。
「天正5年(1577年)以降……織田の兵は西に偏っておる。毛利攻めのためにな」
信康が頷きながら応じる。
「確かに、配下の羽柴秀吉を始めとして……西へ集結している。残された東の兵は、越後の上杉と……」
亮衛門もうなづく。
「そこで、織田と徳川にいざこざが起こせば……」
京次郎が冷静に結論を述べた。
「織田との盟は破れ、徳川は周囲が敵だらけになる……ということか……」
義重はうなづく。
「あくまで推論じゃ。だが、あながち間違いでもないと……ワシは思うぞ?」
――三人に沈黙が訪れる。
そして、信康が口を開いた。
「では……なにが一番最善だと思われるのか?佐竹殿?」
義重の眉が吊り上がる。
「ワシも"鬼義重"と呼ばれておるが、天下を乱そうとは思った事は無い」
亮衛門が皮肉めいて言う。その視線は
「そんなでっかい獲物を持ってか?」
京次郎もうなづく。
「確かに……しかし、なぜ?」
義重は目を閉じて静かに語り始める。
「ワシは民の平穏を守るために、刀を抜く。それだけのことだ。そのためには命を懸けても惜しくない」
信康は呆然としながらつぶやきを漏らした。
「佐竹殿……ということは……」
――カーン!
義重は盃を打ち鳴らした。
その音は、大きくこだまし――広間を静寂で支配した。
そして、義重の重い言葉が響いた。
「天下泰平を望むなら……貴殿は、命を落とせるのか?」
鋭い視線が信康に刺さる。
亮衛門と京次郎が驚きの叫びをあげた。
「佐竹殿!それは殿に死ねとおっしゃるのか?!」
「道理はわかるが……あまりにも……」
義重は静かに言葉を続ける。
「他に手立てはあるのか?今死ねば、全ては安泰。生き続ければ、誰かが天下への足がかりをつかむ」
そして、義重の目が見開き、一気に捲し立てた。
「家康殿は、徳川家の存続を考えるだろう。織田との対立を避ける事が最優先。故に服部半蔵の手がここに及ぶのも時間の問題だぞ?」
亮衛門と京次郎に困惑の色が浮かぶ。
「確かに……しかし……」
「それは、余りにも理不尽……」
「……」
信康は目を閉じて思案に暮れていた。
(父上……あなたは……)
すると、
――「剣の奥義……それは
幼き日に聞いた。師匠の言葉……。
柳生石舟斎の教えが、脳裏で反芻された。
(柳生殿……)
そして、もう一つ。
――「
そして、信康は目を強く見開く。
――カッ!
信康は強く宣言する。
「佐竹殿。私は死にませぬ!」
義重の目が細くなった。
「ほう……なにか考えがあるようだな……」
――再び沈黙が訪れた。
すると、今度は義重が口を開いた。
「どうするのだ?」
信康が淡々と返答する。
「佐竹殿から書状を父上に……送ってもらいたい」
義重は驚愕の表情を浮かべる。
「なんと!それで書状の内容はどうすれば良いのだ?」
「それは……」
亮衛門と京次郎も黙って息を飲んだ。
静かに信康と義重のやり取りが続いていた。
それが何を意図するのか、この時は誰もわからなかった。
信康と義重をのぞいて……。
――その策が、後の運命を大きく揺るがすことになるとは、この時、誰一人知る由もなかった。
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