第22話 門を守る者たち
ページをめくると、視界に飛び込んできたのは「内肛門括約筋」と「外肛門括約筋」の精密な図だった。円環状の筋肉が二重に重なり、まるで二重の結界のように肛門口を守っている。
「……ふ、二重のリング……!? これじゃまるで惑星を守る防御フィールドじゃん!」
あかりは図を見つめながら、肛門括約筋の働きをノートにまとめる。
• 内肛門括約筋:平滑筋で、自分の意思とは関係なく働く。無意識の守護者。
• 外肛門括約筋:骨格筋で、自分の意志で締めたり緩めたりできる。意思の門番。
「ふふっ……無意識の守護神と、意識の門番……ダブルシステム……! これはまさしく、銀河連邦の防衛網!」
妄想の中で、あかりは宇宙空間に浮かぶ巨大な二重リングを見上げていた。
内側のリングは淡く自動的に光を放ち、外側のリングは意志の力に呼応して赤く点滅する。
敵艦隊が迫っても、この二重防御を突破することは困難だ。
指先がノートの円に触れるたび、まるで操縦桿を握った宇宙艦隊司令官のように、あかりは戦況をシミュレートする。
「すごい……肛門って、人体最後の関所にして、宇宙最強の要塞だったんだ……!」
さらにページを進めると、「皮膚肛門移行部(Anal verge)」の図が現れた。
肛門管の粘膜が皮膚に変わる境界領域である。図には、内側のしっとりした粘膜と、外側のしっかりした皮膚が接する様子が描かれていた。
「ここが……内なる世界と外の世界をつなぐゲート……。まるで異世界転移の門……!」
あかりの頭の中に、眩しいゲートが現れる。
片側にはしっとりとした幻想的な内宇宙、もう片側には現実世界の荒野。
その狭間に立つのは自分自身。片足を内なる宇宙に、もう片足を現実に置いたまま、境界線上で揺れるイメージが浮かぶ。
「やっぱり……肛門はただの出口じゃない。異世界の境界線なんだ……!」
ノートに大きく「ゲート=肛門」と書き込む。
ペン先を動かすたびに、あかりは手のひらに微かな熱を感じる。まるでゲートのパワーが指先に流れ込むかのようだ。
続いて「肛門腺」の解説を読む。肛門洞に開口し、粘液を分泌して摩擦を軽減する役割を担っていると書かれていた。
小さな腺が星座の点のように並び、流れる液体は宇宙船の燃料のように肛門の機能を支えている。
「……潤滑オイル……つまり、航行エネルギー! ここで発生する分泌液があるからこそ、この小宇宙は正常に回転しているんだわ!」
あかりの妄想はさらに拡大する。
腺から流れる粘液がまるで光速で銀河間を駆ける流星のように見え、肛門管内を滑らかに流れるたびに、銀河系の回転が安定するかのようだ。
さらにページを追うと、「骨盤底筋群」の項目が現れる。
肛門を下から支える巨大な筋肉群で、その中でも恥骨直腸筋(Puborectalis)が肛門角を作り、排泄のオン・オフを調整しているとあった。
「うわ……これって……宇宙の重力場そのものじゃん!」
妄想が広がる。あかりは自分の頭の中で、恥骨直腸筋を重力リングとして描く。
そのリングが便の通過を曲げたり止めたりし、必要なタイミングで解放する――まさしくブラックホールを操る技術。
指先でノート上の円をなぞると、リングの重力を感じるような微細な振動が手に伝わってくる。
「すごすぎる……人体って……肛門って……! まるで宇宙規模のシステムがここに凝縮されてるみたい!」
ノートはすでに図とメモで真っ黒だ。
円環、リング、ゲート、潤滑エネルギー、重力場――それらが一つの壮大な宇宙模型に結びついていく。
そして、次のページ。そこには「ヒューストン弁」という文字が、大きなゴシック体で印刷されていた。
「ヒ……ヒューストン……!?」
あかりの手が止まる。目はギラギラと輝き、口元がにやりと歪む。
「ま、まさか……あのヒューストン!? 宇宙飛行士が『こちらヒューストン』って言う、あの……!? 宇宙の中心とつながってる……!?」
心臓の鼓動が速くなる。妄想が、次の段階へ突入しようとしていた。
頭の中では、肛門管が銀河系に、ヒューストン弁が月や小惑星となり、腺が燃料として流れ、重力リングが惑星を安定軌道に導く。
あかりは息を荒くし、ペンを握った手を休められなかった。
「……私の肛門宇宙論、ここまで来たか……! 宇宙の全てが、この小さな出口に凝縮されている……!」
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