第21話 円筒宇宙の入口
休日の昼下がり、あかりは部屋の机に向かい、例の分厚い医学書を開いていた。ページをめくるたびに、精密な解剖図が目に飛び込む。肛門管、歯状線、肛門柱――どれも聞き慣れた名前だが、目で見ると全く別の世界のように映った。
「うわ……肛門管って、ほんとに小さな円筒みたい……3〜5センチのトンネル状で、壁面には縦に肛門柱がびっしり並んでる……まるで銀河の恒星が縦列しているみたい」
あかりはノートに図を描きながら、手元の鉛筆で柱の位置をなぞる。肛門柱は内部の血管や神経を通す縦ヒダで、ちょうど渦巻く銀河の腕のように規則正しく並んでいる。柱と柱の間には肛門洞と呼ばれる小さなくぼみがあり、ここには肛門腺の分泌口が開く構造になっていた。
「肛門洞……小さなくぼみ……ほえぇ、ここに分泌腺があるのね……つまり、人体の中の小さな宇宙の惑星みたいなもの……」
妄想が止まらない。あかりの頭の中では、肛門管が巨大な円筒トンネルとして拡張され、肛門柱が星々、肛門洞が惑星のくぼみ、肛門腺は微小な衛星として回転している様子が描かれる。
そして、歯状線。医学書の説明では、肛門管の内側と外側を分ける境界線であり、感覚や上皮が異なると書かれている。ページの図では、上側は淡いピンク色、下側は肌色に近く、一本のラインがきれいに引かれていた。
「ここが……境界線……上は痛みを感じにくくて、下は敏感……うーん、人体ってほんとに精密! しかもこのライン、円筒の壁をぐるっと一周してるのか……螺旋状に見えなくもない……宇宙のリングみたい!」
あかりはペンを止め、目を見開く。肛門管の内壁が単なる管ではなく、螺旋状に縦ヒダやくぼみが連なることで、便の流れや圧力を巧みに調整していることに気づいたのだ。まるで小宇宙の制御システムのようだ。
「う、うう……肛門って、ただの出口じゃなくて、機能がいっぱい詰まった宇宙そのものだったのね……!」
胸が高鳴る。あかりの心は、学術的な興奮と妄想が入り混じった未知の感覚に包まれた。まるで銀河系を手のひらで握ったかのような気分になる。
窓の外では柔らかな日差しが差し込み、部屋の中に静かな光景を作る。しかしあかりの頭の中は、宇宙のように無限に広がった肛門管の立体模型で埋め尽くされていた。
「今日から……私はこの小宇宙を研究する学者になる……いや、宇宙探検家になるのだ……肛門宇宙論学術研究会、発足!」
小さく拳を握りしめる。まだ誰も知らない秘密の学問だ。部屋には自分ひとりしかいないが、それでもあかりは熱くなっていた。
次に目を向けたのは、肛門柱の間の肛門洞。分泌腺の出口が小さく開いている図を見て、あかりは再び妄想の旅へと突入する。
「うーん……くぼみに分泌腺……ここで何かが分泌されて、流れが制御されてる……まるで小さなブラックホールみたい……物質の流れを整える管制塔……」
ノートに走り書きをしながら、あかりはページの図を頭の中で拡張していく。肛門管の小宇宙、肛門柱の星々、肛門洞の惑星、分泌腺の衛星……すべてが複雑に絡み合い、完璧な秩序を保っている。
「やっぱり……人体の中にこそ、宇宙があるんだ……!」
胸の鼓動が速くなる。頭の中の図はもはやページの中だけでは収まりきれず、あかりの妄想は次の段階へと突入する——ヒューストン弁の章へ向けて。
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