第9話 数学的宇宙

 チャイムが鳴り、静かな数学の授業が始まった。

 黒板にチョークの白い軌跡が走り、乾いた音が教室に響く。


「今日は掛け算記号の応用をやりましょう。a * b の * は掛け算を表していますね」


 その「*」が黒板に描かれた瞬間。


(……え!?)


 あかりの瞳孔がキュッと開いた。

 黒板の中央に浮かぶ白い星印。だが、それはただの「記号」ではなく――。


(みんな……気づいてないの? それとも気づいてて黙認してるの? 

え? どっち? どっち??

これ……どう見ても……肛門にしか見えない……!!)


 丸い輪の中心から放射状に線が伸びるその形。

 幼い頃にサンリオショップで見た、ポムポムプリンのおしりマークが脳裏によみがえる。


(あの「*」マーク……! プリケツ星カレー……! そして『2001年宇宙の旅』とのコラボ……!

 ま、まさか……サンリオって、ただのキャラクター企業じゃなかった!?

 宇宙からの刺客……!? いや、肛門を通じて宇宙の真理を暗示していたのかも……!)


 ぞわり、と鳥肌が立つ。

 でも授業は容赦なく進む。


「さて、宇宙にちなんで――太陽までの距離を式にしてみましょう。地球から太陽までの距離は約1億5千万kmです」


 黒板に数字が走る。

 1億5000万。0がずらりと並んだそのスケールに、教室全体がざわつく。


(うわぁ……一億五千万……! 桁が大きすぎる……。

 でも数学ってすごい。こんな途方もない宇宙の距離を、ただの“数字”に落とし込めちゃうんだ……!)


 ノートに式を書き写しながら、ふと思いついてしまう。


(……太陽の直径、地球の直径……。あれ? そういえば――括約筋の直径ってどれくらいなんだっけ?)


 自分でも突拍子もないと思う。

 でも脳のエンジンは止まらない。直径=円。円=穴。穴=……肛門。


(人間の肛門括約筋……平均でどのくらいの径なんだろう……?

 数ミリ? 数センチ? しかも固定じゃなく“変動”する!? ――可変径!?)


 その瞬間、頭の中にブラックホールが浮かんだ。

 事象の地平線。シュワルツシルト半径。質量に応じて“境界の直径”が変化する、宇宙最強の穴。


(そうだ……! ブラックホールも可変径……!

 肛門括約筋=地上のブラックホール……!)


 鳥肌がぶわぁっと広がる。

 震える手でノートに殴り書きする。


「a * b」

(肛門の形)


「太陽の直径=139万km」

(括約筋の最大開放値!?)


「ブラックホールのシュワルツシルト半径」

(便意の極限状態!?)


 数字と図形が、妄想の銀河に重なっていく。

 ノートの上では、銀河と直腸がひとつの数式で結びつこうとしていた。


(数学の「*」は掛け算の記号……。

 でも本当は“重ねること”を意味してるんじゃない? 肉体と宇宙、内側と外側……その交点が「*」!?)


 頭の中で数式が暴走する。


「π × r²」

(円の面積=肛門の受け入れ可能面積!?)


「2πr」

(円周=肛門周囲の伸縮可能性!?)


「lim r→∞」

(便意の果てなき拡張=無限大の宇宙!?)


 ページの余白にぎっしりと書き込みながら、思わず口角が上がる。

 まるで自分が宇宙物理学者になったような錯覚。


「――星野さん?」


「は、はいっ!!」


 突然名前を呼ばれ、あかりは跳ねるように顔を上げた。

 教室中の視線が一斉に集まる。


「太陽の直径はおよそ何kmでしたか?」


「あ、あのっ……139万……!」


 声が震えたが、先生はにこりと頷いた。


「はい、正解です」


 クラスから小さな拍手が起こる。

 あかりは胸を押さえ、必死に深呼吸した。


(あ、危なかった……! 頭の中で“肛門=ブラックホール”の式を組み立ててたなんて……!)


 机の下で拳を握りながら、鼓動は止まらない。

 鉛筆の芯でページに刻まれた「*」は、もうただの掛け算記号には見えなかった。


(でも……もう確信した。

 宇宙の距離も、数学の数式も、そして肛門のゲートも――。

 全部“直径”と“穴”という共通言語で結ばれてるんだ!)


 授業が終わるころ、ノートの片隅にはびっしりと落書きが残っていた。


「*=肛門=星」

「直径=宇宙の共通数式」

「円周率=永遠に続く肛門のリズム」


 数式と落書きが混ざり合ったそのノートは、まるで一冊の“宇宙設計図”のように輝いて見えた。

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