第8話 銀河は腸内に宿る
理科の授業。
黒板には「腸内細菌」と白いチョークの文字。教壇横のプロジェクターから、カラフルなアニメーションが投影されていた。
画面の中では、丸い善玉菌がにこにこと笑い、悪玉菌は少し意地悪そうな顔で腕を組んでいる。
それらがスライドの上をくるくる踊り回り、まるで本当にパレードをしているみたいだった。
「人間の腸の中には、約百兆個もの細菌が住んでいます」
先生が指し棒で画面を示す。
「これを“腸内フローラ”と呼びます。名前の通り、まるでお花畑のように多種多様な細菌が共存しているんですよ」
(ひゃ、百兆……!?)
あかりの心臓がドクンと跳ねた。
その数字のスケールは、もはや生物学ではなく天文学に近い。
(百兆って、銀河の星の数じゃん……!)
その瞬間、彼女の脳裏には腸内銀河のイメージが広がった。
ヒューストン弁、直腸、歯状線……文字の一つひとつが、頭の中で銀河に変わっていく。
(……腸内って、宇宙そのものじゃない……?)
ページをなぞる指先から妄想が暴走する。
あかりは瞬く間にミクロサイズになり、腸内宇宙空間へ降下した。
そこには大小さまざまな「腸内宇宙人」が漂っていた。
• 乳酸菌(Lactobacillus属)
酸っぱい飲み物好きの小型宇宙人。善玉菌の代表で、腸内の環境を整える掃除役。くるくると宙を舞う。
• ビフィズス菌(Bifidobacterium属)
甘党の守護者。腸内宇宙の平和維持部隊で、善玉軍団を指揮して悪玉菌を追い払う。
• バクテロイデス(Bacteroides属)
消化の専門家。科学者タイプの宇宙人で、栄養分の分析や分解を担当。
• クロストリジウム(Clostridium属)
腸内でガスを出す活動家。小さな爆発を起こす宇宙人として、あちこちでポンポンはじける。
• エンテロコッカス(Enterococcus属)
腸内防衛隊。攻撃型で、侵入してきた菌や有害物質に立ち向かう。
「あっ、襲ってきた!!」
まず黄色い大腸菌星人が突進してきた。ぽっちゃりした体で、あかりの前に立ちはだかる。
さらにクロストリジウムがポンポンと小爆発を起こし、ビフィズス菌の軍団は整列して攻防を始める。
(やばい、囲まれた……!)
腸内空間では、酸素分子が星雲のように漂い、消化液は流れる銀河の帯。
あかりは医学書を盾に、宇宙人菌たちの攻撃をかわす。
そのとき、ひときわ光り輝くイケメン菌宇宙人が現れた。
青白い光沢の体、整った顔立ち、胸には「腸内平和維持局」のバッジ。
「君、大丈夫か?」
あかりは胸を押さえ、ほっと息をつく。
イケメン菌宇宙人が防御フィールドを張ると、他の菌たちは静かに退散していった。
(……守られた……!)
「腸内のバランスを乱す者は許されない。安心して、私は君の味方だ」
あかりは深く頷き、心の中で誓う。
(私も、この宇宙の真理——腸内銀河の秘密を理解しなきゃ……!)
妄想の中で、乳酸菌やビフィズス菌が小さな戦艦のように動き回り、バクテロイデスが分析データを掲げ、クロストリジウムが小爆発を演出する。
腸内銀河はまるで戦場のようだが、秩序は保たれていた。
――
「――あかり!」
隣の席の美咲が小声で肩を揺すった。
「ん……え……あ、う……うん!」
気づけばあかりは机に突っ伏し、うたた寝していた。
ノートには「腸内=銀河」「肛門=宇宙ゲート」「乳酸菌=掃除隊」「ビフィズス=平和維持」と、妄想の戦場が走り書きされていた。
(うわっ……見られたら絶対変な子……!)
あかりは顔を真っ赤にしてノートを閉じ、周囲をちらりと見渡す。
しかし頭の中では、腸内銀河の宇宙人たちが静かに次の行動を待ち続けていた。
腸内の小さな宇宙は、今日もあかりの妄想の中で無限に膨張し続ける――。
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