第10話 街

 朝の家事と鍛錬が済んで、書斎のソファに集まって何やら相談していた皆が、それぞれの部屋――マーシュは2階の客室、ルドとランは塔の部屋に散っていった。


と思ったら、上着と荷物を持って戻って来た。


 ランも、晒で胸を潰した上に、シャツに革のベストみたいな服を着込んでいる。


しかも腰には長剣を2本吊るしている。

こんな格好だと本当に男の子にしか見えない。

 うん。男装の美少女剣士かぁ……いいなぁ。


2次元の3Lと3次元アイドルを推してた私は、自分の顔面偏差値なんて棚に上げて、面食いなんです。


 夢女子ではなかったんだけど、この3人、皆違って皆良いんだよなぁ……。


 危ない危ない、ちょっと新たな扉を開くところだった。

  


 それにしても、皆揃ってどこへ行くんだろう?


私はお留守番かな。


 お皿洗いと洗濯の次はお掃除を任せてもらえるといいのだけど。


今朝あんなこともあったばかりだし、毒混入の疑いは晴れたとはいえ、信頼の回復および一層の構築に努めたいところだ。

 

「モカ」

ランがひょいと革の上着と帽子を投げ寄越してきた。着ろと身振りで伝えられる。


帽子はつば広で首後ろには布が垂れ、炎天下の農作業にうってつけな感じがする。


 私も外出に連れて行ってもらえるようだ。……まぁ、家の中に私を一人で置いとくわけにもいかないか。

 

 外では、短弓と大剣を背負ったマーシュと腰に剣を吊るしたルドが、地面に座って待っていた。


 ちょっとしたお出かけではなくて、狩りにでも行くんだろうか?


 私、ほんとについて行っていいのかな。

足手まといになりそうで少し不安だ。


 のんびり座って待っている男二人を見てランが呆れ顔でなにか言い、マーシュが歯を見せて笑う。


ランはやれやれと頭を振り、大きく息を吸ったと思ったら。

 ぴゅーい、ぴゅいぴゅいぴゅい……と伸びやかな指笛を吹いた。


 ルドとマーシュがぱっと立ち上がり、ある方向を見て手を振っている。


 ……なんと、馬が2頭、並んで駆けてくるではないか。栗毛の子と、灰色に白い斑模様の子だ。


 馬たちはランのそばまでかけてくるとと、親しげにランに顔を擦り寄せている。


ランも2頭の首を優しく叩いてやっている。


 ランは馬銜はみと手綱だけを馬たちにつけて、灰色の子にひらりと飛び乗った。


マーシュは栗毛の子に跨り、私に、自分の前に乗るよう促してくる。


あぶみも鞍も置かない馬に、ふたりとも難なく乗っているけれど。


……私、そもそも、馬に乗れません。


 馬を前にして困っていると

「モカ」

察したランが一旦馬を降りて、地面に片膝ついて私を呼んだ。ぽんぽんとその膝を叩いて、これを踏み台に馬に乗れと示してくる。


 隣でマーシュがつまらなさそうに私を見てくる。

ルドはマーシュとランを見比べて、こちらもがっかりした様子で栗毛の馬に飛び乗った。


……ルドはランと一緒に乗りたかったのと、マーシュは私を自分の馬に同乗させたかった……というところか。


 私がランの膝を借りて、どうにか馬の背によじ登ると、ランは私の前に乗ってきた。


ランが手綱を引いて馬の首をめぐらせると、馬はおとなしくとことこと歩き出した。


ルドとマーシュの馬も後からちゃんとついてきている。


よく晴れた空。

草原を渡る風も心地良い。

とても開放的で、いいお散歩日和という感じで。


馬で草原を行くなんて、私にとっては心躍る体験なのだけど。 


 皆、気難しい顔をして黙々と進んでいく。

 

 外では誰も喋らない。

 ランが黙っているのは言葉の通じない私がいるせいかと思ったけれど、後ろのルドとマーシュでさえも、無言なのだ。 


 そうして、私たちは一言も喋らないままに、馬はやがて草原を抜けた。


 踏み固められた土の道に出る。


いわゆる街道というものだろう、その先に建物がいくつも見える。


「ルド、マーシュ」


 ランがぼそっと二人を呼ぶと、二人を乗せた栗毛の馬が先になって歩いていく。


 途中、荷を担いだ行商人らしき人や、牛馬に荷車を引かせた人々、2頭立ての馬車などと出会った。

 草原では人ひとり、そして有り難いことに獣一匹見かけなかったが、街には人が行き交っているようだ。


 たどり着いた街は、高い石壁に囲われていた。

道をまたいで建てられた石造りのアーチ状の門の上には大きな鐘が吊るされている。

けれど、どこにも門兵の姿は見当たらない。


 私が通勤中の時間潰しによく読んでいた、あの小説投稿サイトに溢れる異世界ファンタジーものだと、大抵こういうところで、私を見て、よそ者は通せないとかなんとか言われて一悶着あったりするんだよなぁ。

 

 それはさておき、門構えこそ物々しいけれど、警備の手薄さから見るに、ここはこの国(仮)においてさほど要所ではないようだ。


壁向こうの街は人通りが多く、活気づいていた。

ルドがごそごそと荷物からスカーフを取り出し、頭に巻いた。


 それではきれいな銀髪が隠れてしまうのに。もったいないなぁ。

 

 道沿いには、ひさしのついた荷車が並び、様々な品が売られているようだ。


 色とりどりの果物や花々、籠や草履のような編み靴、荒縄など本当に多種多様だ。


 私たちの他にも馬で道を行く人はそれなりにいて、商人たちは馬上の人にもよく見えるように品物を差し出しながら呼び込みの声をあげている。


でもそれらには目もくれず、ラン達は馬で進んでいく。

 

違う。

人々が、私たち一行を避けている。

私たちには誰一人として品物を差し出してくれない。

 

そのことに私がようやく気づいたとき。


「※※※※※!」


 子どもの声がして、小石をばらばらと投げつけられた。

思わずランの体に抱きつくようにしがみついた。

その手をそっと、ランがさすってくれた。


前を行く二人を伺うと、ルドも頭に巻いたスカーフを両手で掴んで震えていた。


悪ガキ共からの罵声と投石の嵐がすぎると、今度は荷車ではなく戸建ての商店の建ち並ぶエリアに差し掛かった。


 ランたちはようやく馬を降り、一つの店先に立寄った。


ランが声を張り上げると、細く店の戸が開いて、老人の手が何かを差し出してきた。


 それを受け取り、ランたちは店の裏手へ馬を引いていった。

付いていくと、狭いうまやがあって、さっき渡されたのは小屋の仕切りの鍵だった。

 馬を預けると、ランたちは脇目も振らずにある店に向かった。

厩の斜向かいにある食料品店だ。

店の主は入口に仁王立ちして、私たち4人を不躾にじろじろ見てくる。


私とルドには店外へ出るようランが身振りで示した。


 やがて、バゲットのような長いパン擬きを4本束ねたものをマーシュが背負って出てきた。 


「××××××」

 吐き捨てるように店の主が何か言った。


 私にまで、嫌悪するような冷たい目を向けてくる。


それはどの店に行っても同じだった。


ランが立ち止まって店内を見ただけで、入口のドアに掛けた看板(多分、営業中と閉業中が裏表になっているやつだ)をひっくり返す店もあった。


なぜこんなにも、ルド達が露骨に嫌がられているのか、私には分からない。


 でも、これがいつものことなのだろう。


マーシュもランも、やれやれと肩を竦めるだけで、こういう扱いに慣れきっているのが伝わってくる。

 ただ、まだ子どものルドはつらいのだろう、彼は顔を伏せて唇を噛んでいた。

 

 街中から冷ややかな接遇をされながらも、ランとマーシュはめげずに買い物を続ける。

いくつかの店を周り、時に閉め出されもしながら、パン擬きの他には干し肉と、瓶に入った塩やスパイスの類を買いこんだ。


 店に入るのはランとマーシュで、私とルドは往来で待ってばかりだった。


 というか、ランが私を店内に入れてくれないのだ。


 本当は私もお店の中を見てみたかったけれど、言葉の通じない身で粗相があっては困るので、しぶしぶランに従った。


街の目抜き通り沿いをしばらく歩き、いろんな商店を外から見て回る。

目当てのものは買い終えたようで、もう店には入ろうとしない。


私たちを見て街の人たちがひそひそと囁きあうのにも、時々飛んでくる石やゴミにも、見知らぬ人から突然殴りかかられるのにも、私まで慣れつつあった。


 これは明らかな差別だと感じる。

それも……容姿で差別されている。

特にランが。


 すれ違っただけでランの髪を掴んできたクソジジイには私も驚いた。


その後、ランは、道端で休んでいた馬車の御者に突然、鞭で目を打たれそうになった。


 咄嗟に手のひらで顔を庇って、目は無事だったけれど。

赤く腫れた手のひらをぐっと握り込み、ランは無言でため息を付いて、それから私の帽子を指した。


 決して、帽子を取るな。というのだろう。


 黒目黒髪をさらすことの怖さが、私にも分かる。


 確かに街を行く人々は皆が金髪や茶色の髪をしている。


黒髪も銀髪も全く見かけない。


 ルドが街に入るなりスカーフで頭を包んだのも、ランが私にツバの大きな帽子を被らせたのも、他と違う髪色を隠すためだ。 


 マーシュは金髪だから大丈夫なのかなと思ったけれど、彼もまた、人が彼を見てギョッとして離れていくということが度々あった。


ランは自分の目とマーシュを交互に指してみせ、マーシュの虹彩の色がみどりだからだと教えてくれた。


 ……翠の目も、銀の髪も綺麗な色なのに。

さらせなくて勿体ないどころではない。


ましてや黒髪をさらしたら、下手すれば命の危険もあるかもしれない。


 ……それほどまでにこの街は。私たちを歓迎していない。

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