第11話 襲撃(※)

(後半,残酷描写あり)



通りのなかほどまで来て、

「ラン……」

おずおずとルドがある店を指した。

大きな衣料品店だ。


「モカ、」

 なんと、ランが私に店内に入れと促した。

 このお店には入ってもいいらしい。


……食べ物や、瓶などの壊れ物が無く、私が粗相する心配がないから入れてくれるのかもしれない。


 初めて入る店にわくわくしながら、3人のあとに続く。


 ……入るなり、怒鳴りつけられた。

いや、私ではなく、ルドが。


 長い物差しで帳場の台を叩きながら、大柄な体格の壮年の男性店員が何か喚いている。


……お店を出たほうがいいのでは?

 私はランの腕を引っ張って店の外を指さしたけれど、ランはちょっと笑ってゆっくりと首を横に振ると、私の肩を抱くようにして私を引き寄せ、なんと帽子を外させた。


 屋内では帽子を取るのが礼儀なのかもしれないけど。

それに他のお客はいないとはいえ。

一連のあれこれを見たあとだ、正直言って帽子を脱ぐのは怖かった。


 マーシュは店の脇に置いてある椅子にどっかり座って、荷物番に徹している。

くわぁぁと大あくびをして、そのへんに置いてある服飾小物を暇そうにつまんでみたりしている。 


 ルドは半泣きになってペコペコ頭を下げているけれど、マーシュもランもただ眺めているだけで助けに入ろうとはしない。

やがて店員はルドの頭をスカーフごとがっしりと掴んだ。

 そして、めちゃくちゃ乱暴に撫で回した。


 ……あれ?もしかして、歓迎されてる?

 そして店員は巻き尺を用意し、ルドも上下の服をぽいぽい脱いで肌着姿になると、採寸が始まった。

美男子のパンツ一丁姿を拝めるなんて……いや、見ちゃだめよ。


私が慌てて顔をそらす横で、ランがのんびりした口調で彼らになにか言った。


 店員はじぃっと私を見てから、棚の向こうの通路を指し、ランに別の巻き尺を放ってくれた。


 ぱしっとそれを片手で受け止め、ランは私を物陰に連れ込んだ。


 私のことも採寸するようだ。

 ランは私のシャツの中に手を入れ、下着越しにささっと胸のサイズを測っていく。

服を極力脱がさずにスリーサイズを測り、……途中で何故か通路に向かって「マーシュ!」と怒鳴っていた。


 ……覗き魔なのか、この人? ランが色々と気のつく子で良かった。


いくら服を着ていても、わざわざ覗きに来られるのはあまり快くない。

 

 それにしても、私の服まで調達するのは、洗い替えに私にももう一揃いの服が要ると思ってくれた……つまり、このまま長逗留することを許してくれたのかな。


いつまで居るか分からない、馬にも乗れない私なんてただの穀潰しだろうに。

 

 奥の女性用品コーナーでランが私の分の下着を見繕ってくれる。


 あれ?胸の形に合わせて丸みをおびたカップ状の胸当ても売ってる。これをつけて胸の形を整えてから、あの帯状の下着をつけるらしい。

 ランは買わないの?と聞きながら胸当てを差し出してみたけど、ランは要らないようだった。


 ……いつも晒で胸を潰していたら窮屈そうだけどなぁ。せっかく形の良いハリのあるものを持っているのに。昨日見たから知ってるもん。

 

 ルドは今の体格にあったものの他に、一回り大きい服も買っているようだ。

 まだ成長期の子どもなんだなぁ……。


 ルドは自分の衣類を自分の懐から出したお金で支払った。

お金は硬貨が主流のようだ。

金貨一枚を出し、お釣りに数枚の白っぽい硬貨が返ってきた。

私の服のお代はランが立て替えた。

ランが自分の服の下に手を突っ込み長い革紐で胴に結わえた皮袋を引きずりだしたのには驚いた。


そんなところにお金をしまうなんて、盗難防止だろうか。


ランは私に下着を上下ともに3セットとシャツとズボンと靴下を2セット分も買ってくれた。金色の大きな硬貨が幾枚もかかったのを見てルドがびっくりしている。


 ……現代日本の感覚でみてもン万円だろうに。これはもう家事を全部担当させてもらわないと申し訳なさすぎる。 


お会計を終え、私はしっかりと帽子を被ってから皆と一緒にお店を後にする。

それなりに荷が嵩張るのを見て、マーシュが何か言ってきたけれど、ランがしれっと言い返してくれた。


 多分、居候に服を買いすぎだとか言ってきたんだろうな。

でも、一からここで生活するのに必要なものだし……。


「ラン、本当にごめんなさい。ありがとう」

 深々と頭を下げてお礼を伝えると、ランはにやっと笑った。

そして、つつつと私の脇腹をなぞってきた。

もう。くすぐったいよ。

 私がくすくす笑うと、ランもにこっとしてくれた。


くすぐってきたのも、恐縮している私の気持ちをほぐそうとしてくれたみたいだ。

優しくて、いい子だなぁ……。


 衣料品店を出たあとは、もと来た道を戻る。お買い物はすべて済んだようだ。


 人々の冷たい視線が痛いし、ランが人に傷つけられるのも嫌だ。

一刻も早くあの草原のお屋敷に帰りたい。


 何となくルドたちも歩調がはやいのは同じ気持ちなのだろう。


 でも、そう事態はうまく運ばなかった。


かぁんかぁん……かんかんかんかんかん!


 けたたましい鐘の音が鳴り響いた。

 

 危険を知らせる合図なのだろう、店が次々に戸口を閉め始める。


往来の人々が店に逃げ込もうとしては断られている。


 道の向こうからも、たくさんの人が此方へと逃げてくる。


 私はランに腕を引かれ、店舗沿いに身を避けた。

逃げ惑う人々を見て見ぬ振りで、ルド達はそのまま道を歩いていく。


「●○■□!」

 誰かがルドを引き止めて何か言っている。

「●○■□!」 

「●○■□!」 

「●○■□!」

 わらわらと人々が私達4人を囲んで、口々に叫ぶ。

必死の形相で、縋るように同じ言葉を繰り返してくる。


ルドはため息をついて頭を振り、マーシュも不愉快そうな顔で彼らを睨み返している。


ランは街の人々を鼻で笑うと

「……∶∥∑∌∝∟、●○■□!」


彼らの口真似をした。

そしてざわつく人垣を押し分け、ランは一人すたすたと歩き出す。

それにルドとマーシュも続くので私もそれに倣った。


「●○■□!」

悲鳴混じりの男の声が聞こえた。

馬車が横転したのが見える。馬も転んでもがいている。


 その車体の上に、……毛むくじゃらの真っ黒い獣が姿をあらわした。


その大きな獣は馬に伸しかかり、まだ生きている馬を食べ始めた。

いつの間にか鐘が鳴り止んでいて、

入れ替わりに聞こえてくる馬の鳴く声に、私は耐えきれずに耳を塞いだ。


御者が這々の体で逃げてくる。

「●○■□!」

どんなに縋られても、ランは御者に見向きもしない。

……その御者は、先ほどランの目を鞭打とうとした男だった。


助けてなどやるものか。


その真っ黒の獣は馬の腹を掻っ捌いて、臓物を引きちぎって食っている。


あの時私を襲った肉食ゴリラとは違い、狼に似た姿形をしている。


 野生の獣が街に侵入し、家畜を襲った……といえば、そこまで怖いことではない気もする。

食い殺された馬は可哀想だし、面前でそんなむごたらしい弱肉強食を見てしまって私もショックを受けてはいるけど。


 ……でも、言ってしまえばたかが狼一匹に、半鐘が鳴らされ、人々が逃げ惑うだろうか。


 馬を食っていた獣がふと顔を上げ、突然尾を巻いて逃げ出した。

やっぱり別の何かがいる。

おそらくもっと危険なものが、近くに。


「∬∬∬」

 ルドが呟いた。


「ラン」

 マーシュが弓をゆっくりと撓ませながら呼んだ。

ランも無言で頷き、剣を抜いた。


ルドが走り出す。

「モカ」

ジェスチャーで私についてくるよう指示するなり、ランもルドの後に続く。

殿しんがりはマーシュが務める。


ルドが向かったのは先刻の厩だ。

二頭の馬をひきだして、ルドが栗毛の馬に跨る。私もその馬に乗せられた。

ランが灰色の馬に乗り、マーシュがその後ろに同乗した。

そして、二頭は門に向かって駆け出した。


私はルドにしがみつき、振り落とされないように必死だった。


道に何か落ちている。

横を駆け抜けた時に一瞬見えたそれは、人の手掌だった。 


 草原と街の間のあの大きな門は閉ざされていた。その手前に、大きな黒い獣。

そいつが咆哮した。毛むくじゃらの、肉食ゴリラだ。口に長いものを咥えている。その足元に倒れているのは、……。

 鐘がごぉんと短く一つ鳴った。見上げた鐘撞き堂にも何か居る。

白い狼煙が立ち昇る高い壁の上に、また一頭姿を現した。

角の生えたライオンみたいな、黒いなにかだ。


「ルド、モカ︷〘〉❜。マーシュ、《《」

ランが何か言った。

 


そして、もと来た方へと馬を駆けさせた。

引き返す私たちとは別に、後ろの二人はそのまま獣の群れに突っ込んで行った。

「ラン!マーシュ!」

振り返った私の目に映ったのは、獣にたかられて真っ黒な塊と化したものだった――。


 ルドが頭のスカーフを邪魔だと言わんばかりに剥ぎ取った。 

 駆け戻った往来にはまだ人々が居た。

 あの狼が居なくなったことで安心したのか、道のど真ん中で横倒しになった馬車の車体をもとに戻そうとしたり、馬の死骸を道の脇に引き摺っていったり、狼騒ぎの後始末に追われていた。


「θπ×!θπ×、$&{ζ≪!」


 ルドが怒鳴る。

それを聞いて、人々はさっきまでとは比べ物にならないほどのパニックに陥った。

抱き合って泣き出す女たちもいる。 


 あの大きな衣料店が戸を開け、人々を匿い始めた。

「モカ」

 ルドが私を馬からおろして、その店を指した。さっきの店員が私に手を振っている。


 私は先に逃げろというのか。


武器もない、あったところで戦えない私は、おとなしく店に退避した。


 獣に襲われ、その姿も見えなくなっていた二人の姿が頭から離れない。

 ……どうか、二人とも無事でいてほしい。

 


 私は、窓際から往来にいるルドを見つめた。

ルドは馬に乗ったまま、まとわりつく黒い獣達を次々と斬り伏せている。

門のそばで見たモノ達よりは小柄な、ハイエナのような獣だが、なんせ数が多い。


 飛び散る血が、ルドの銀の髪を赤黒く染めていく。

 

 やがて、灰色の馬がマーシュだけを乗せて駆けてきた。 


 マーシュ!

 生きてた、良かった……とは思うけれど。

 ランは、どこにいるの。

 あの子をどこに置いてきたの、マーシュ……。

 

 マーシュは空になった矢筒を打ち捨てて、自分も剣を抜いてルドに加勢する。


 いったい何匹いるのか分からない獣たちを、ルドとマーシュの二騎だけで押し止めている。


獣たちは二人をに定めて、繰り返し襲いかかっている。


……獣は、人間を狩ろうとしているのだ。食べるために。

 

私と同じく衣料品店に逃げ込んだ人々も、息を殺して、外の戦いを見つめている。


 得体のしれない獣の群に街が襲われているというのに。


 自分たちの住む街だろうに。


 ルドたちだけを戦わせて、皆こうして逃げ隠れしている。

……ずるいな、こいつら全員。

 

 徐々に獣の数が減っていく。

 はじめのうちは、獣たちは次々に現れ、倒すより早く増えていっていた。

 ようやく、新たにあの門を越えて来る獣がいなくなったのだろう。


 やっと形勢が好転して、ルドとマーシュは散り散りになって逃げようとする獣の残党を狩り始めた。


いちいちとどめを刺すのではなくて、獣の喉や脚を切りつけて動けなくしていく。


 あらかたの残党狩りが済んだ頃。 

 大通りの、門とは反対の方から、詰め襟の制服を着た軍人みたいな一行が馬に乗ってやって来た。

 その騎士達は街の至る所に横たわる黒い獣の骸を回収してバカでかい荷車に積んでいく。


 衣料店の店員さんが、ルドとマーシュを呼んで店内に引き入れた。


 ルドもマーシュも服は血まみれ、身体は傷だらけだ。本当に、よく生き延びてくれたと思う。

 

 二人と入れ替わりに街の人々が外へ出ていき、獣の骸を踏んだり蹴ったりして勝鬨をあげている。

弱っている獣に石を投げつけている人もいる。


 まるで獣を倒したのは自分たちだとでもいうみたいに喜んでいる。


 この人たち、何もしていないくせに。

 ルドたちを差別して虐げてたくせに。

 戦いは全部ルドたちに押し付けて。

 街を守ってくれたルドたちにお礼の一つ言わず、何をやっているんだ。

 

 これではあまりにも二人が報われない。



 ルドとマーシュはそんな身勝手な街の人々の様子など見ることなく、店の奥で互いの傷を検め、止血をし、薬を塗って処置し合っている。

 マーシュは右肩の肉が抉れているし、ルドも噛み傷や爪で裂かれた傷が痛々しい。


「マーシュ。ラン|)\<=−≧:+;≡……」


 ルドが恐る恐る何か訊いて、マーシュが難しい顔で首を横に振った。


そのやり取りを見てしまった私はどきりとした。

でも必死に平静を装い、二人の血に汚れた布を集めて、店の裏の井戸端へ洗いに行く。


 水汲みも私にとっては重労働だし、人の血に染まったものなんて触るのは怖いけど。


 身体を張って獣と戦った皆のために、私は私に出来ることをやらないと。


血に汚れた布を、冷たい水で濯ぐ。

鮮血を落とせるだけ落としていく。


 二人のやり取りを見てからずっと、心臓がどくどくと早鐘を打っている。

 

 ルドはマーシュにランの何を訊いたのだろう。

 マーシュのあの否定的な返事は、どういう意味だろう。

 ランに何があったのかは分からない。

もしかしたら、最前線で戦っていた彼女は、もう生きていないのかもしれない。


 獣に生きながら腹を食い破られていたり。何故か頭だけになっていたり。

そんな馬の骸も見た。


……そして、獣たちは人間も食らうのだ。

あの大型の獣が咥えていた長いものは、人の腕だった。

 

思い出した途端に吐き気を催し、私は井戸から離れた木陰でえずいた。


 さっきまでは緊迫した状態だったから、人や馬が捕食されているのを見ても、どこか感覚が麻痺していた。


 でも、目前の脅威が去って、自分の身が安全になるや、色んな感覚と感情が戻ってきてしまった。


「ラン、お願い、無事でいて……」 

最悪のことなんて、起こってほしくない。 

それが虚しい願いかもしれないと分かっている。

 

 黒目黒髪というだけで、髪を掴まれ目を潰されかけていたラン。


もし、ランが何処かで動けなくなっていたとして。

 人々はランを助けてくれるだろうか。

ただのネガティブな想像にすぎないと思いたいけれど。

 人々の態度を見るにつけ、温かい処遇はなされない気がしてしまう。


 人々は獣の骸を蹴ったり踏んだり、ぞんざいに扱っていた。

 あの獣の死骸が、石をぶつけられて死んでいった獣の残党が、どうしてかランの姿を彷彿とさせる。 


 ……たとえ悲しい結果になっていたとしても。ランを絶対に、

 私はそう心に決めた

 


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