第2話 さようなら、現実
まずは私がこの世界に来た経緯を話そう。
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あれは3年前、まだ現代日本に居た時。
私はすっかり心を病んでいた。
大学卒業とともに就職した先で、お局的な女性の先輩から連日パワハラ紛いのことをされていたせいだ。
さらに、唯一の癒しだったイケメンアイドルも活動休止して、
私は働くモチベも生きる活力もすっかり失くしていた。
とある休日。
私は、古い
行き先は、アパートから車で小一時間のところにある小さな山、
小学生の遠足や初級者向のヒルクライムのコースにも使われたりしているような、
別に標高も高すぎず、危険な動物もおらず、
登山道も整備された比較的安全な山だ。
でもその日、私が山へ向かったのは夕暮れ時だった。
うす暗い登山道を、古い自転車で登る。
もう時刻も遅く、誰にもすれ違わない。
どんどん周りは暗くなり、足元も見えなくなった。
自転車のヘッドライト一つが頼りだ。
冷たい風と、葉擦れの音が少し不気味だったけれど、くねくねした一本道を私はひたすら登っていた。
どうにかたどり着いた山頂から、夕闇に包まれる町を私は見つめた。
遠くの空には雲が広がり、雷光が閃いている。
一雨くるのかな。この町にも降るかな。
あぁ、雨具を持っていない。
帰りはびしょ濡れとか、嫌だな。
雨が降る前に帰ろう。
そう思うのに。
でも、何かどうでも良くなってきた。
山頂にひっそりと建つ小さな祠に寄り掛かって、私は眼下に広がる町並みをしばらく眺めた。
家々のカーテンが閉じられていき、住宅地は夜の静かな闇に沈んでいく。
暗闇の中、点々と連なる灯りは街灯だ。
高層ビルも無い町は、こんなにも穏やかに眠りに就くのか。
滅多に見ることのない町を写真に収めようと、私はポケットのスマホを取り出した。
平日ならこの時間、私は残業している頃だな。
画面に表示された時刻を見て思う。
〇〇はさっさと退勤するけれど、私に嫌味を言わずには帰れないらしくて、わざわざ私のところへ来て、
「今日は何時間分、残業代せしめる気?」
とか言って……
あ、思い出したら腹立ってきた。
「◯◯の馬鹿ーーーーッ」
叫んだらとってもすっきりした。
そのまま暫くの間、例のパワハラ先輩を大声で罵って高笑いしていた。
私の罵詈雑言とけたたましい笑い声を煽る様に、
ざぁ、ざぁぁ、とひんやりした風が吹き付けてくる。
遠くで、雷鳴も鳴り始めた。
なんか、すごい。
天候を操ってるみたいだ、楽しい。
気持ちがすっかり開放的になった私は、
あ、この楽しい気分のまま、今死ねたら最高だな。
って本当に突然思った。
何の脈絡もなく。
そして自転車に跨るなり、山頂のぐるりを囲む柵に向かって全速力で漕ぎ出していた。
自転車が柵にぶつかって、自分の身体が
虚空に投げ出される。
ぽーんと空を舞う浮遊感に、心まで浮き立っていた。
龍の咆哮のような雷鳴が轟き、空にかっと一際眩しい稲妻が輝く。
これで私は、自由だ!やったー!
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