この異世界の片隅で〜異世界に転移したので美少年たちとめくるめく逆ハーレムライフだと思ったらそうすんなりとは行きませんでした〜
日戸 暁
第1話 これが日常
私は
たぶん28歳になった、元OL。
3年前まで、現代日本の首都圏で生活していた。
古いアパートの一室に独り住まいし、アイドルの追っかけだけを生きがいに働いていた。
それが今は、大草原に建つ洋風のお屋敷に暮らしている。
人生、何が起きるか分からないものだ。
「よし、今朝のご飯は完成」
薪コンロで火を熾すのも、井戸での水汲みももう随分と慣れた。
きつね色に焼けたバゲットを食べやすい厚さにたくさん切り分け、お皿に山盛りにする。
「ルドーっ、ラーーン、マーーーシュ………」
呼んでから、はっとする。
「モカ」
苦笑しながら、銀髪に青い目の少年,ルドが台所にやってくる。
そうだった、彼らはもうこの家にいないのだった。
あれからそれなりに月日は経ったのだけど、
ふと、まだあの黒眼黒髪のランと金髪翠眼のマーシュがいる気がしてしまう。
私が2人分にはちょっと多いパンと、炙ったお肉と野菜スープを、台所の隅に置いた丸テーブルに並べる。
窓の外、丘の下の街から灰色の
また、魔獣が出たのだ。
でも腹が減っては戦はできぬ。
まずはご飯を食べよう。
ルドもちらりと狼煙を見て、だけど腰に吊るした剣を無造作に椅子に置いた。
こうやって剣を手放してくれるだけの信頼を勝ち得たことが私は嬉しい。
そして私とルドは一緒に食卓についた。
「いただきます」
「イタダキマス」
ルドは日本語,つまり私の言葉を少し覚えて、真似して使う。
ルドは豚肉のソテーに、粗みじんの玉ねぎのソースをたっぷりかけ、大きく口を開けて頬張っている。
友人たちをうしなって塞ぎ込んでいたルドも、最近は食欲が戻ってきて一安心だ。
私はパンをちぎり、自分の皿の玉ねぎソースを拭き取って食べた。
ルドが、塩と胡椒の容れ物を指して、肉に振るジェスチャーをして、それから玉ねぎのソースをぺろっと食べて笑う。
「マシュー、
【 ¿ ∆ は、うまくカタカナ表記できないのだけれども、食事の前やお代わりをする時によく言っている言葉だから、たぶん、食べるという意味だ。
この玉ねぎソースの作り方は、ラン直伝だ。
肉には塩胡椒派らしいマシューでさえも、
このソースだけは気に入って食べていたっけ。
たぶん、今ルドが言ったのもそんな内容だろう。
ルドは美味そうに肉を食べ終え、少し残ったパンに紫色の果実のジャムを塗ろうとして手を止めた。
「モカ。……ラン?」
もうほとんど空に近いジャムの瓶を指して私に訊く。
私は頷く。
卓上の瓶を指して、「ラン」と私は答える。
つまり、この一瓶はランが作った。
今度は、食卓の横の棚のジャムが満杯に入った数個の瓶と私を交互に指した。
つまり、棚のジャム達は私が作った。
私はルドにそう伝えようとした。
私にはこの世界の言葉がわからない。
日本語と比較できる辞書などないので、勉強のしようもない。
でもこのジェスチャーと片言の単語で、
どうにか意思疎通ができるようになってきた。
ランと一緒に作ったジャムは、確かにそれが最後の一瓶だ。
それを知って俯いてしまうルドに、私はジャムの残りを綺麗に浚えて、彼のパンに全部塗ってあげた。
ランが作った大事なジャムは、残り全部、ルドが食べてね。
そう、ちゃんと言葉で伝えてあげられたら良かったのだけど。
「ラン」
ルドは寂しげに呟いて、一つ大きく息を吸い、ぱくりとパンにかぶりついた。
マシューは2ヶ月前に殺され、
ランも同時期に消息を絶った。
彼らはもうこの家に来ることはない。
今はまだこうやって日々のなかで時折思い出すけれど、やがては居ないことすら忘れていくのだろう。
いつまでも過去を引きずってはいられない。
ルドと私は、これからも生きていくのだから。
この、異世界の片隅で。
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