妹が犬拾ったらしい

へり

妹が犬拾ったらしい

 がちゃり。久々に帰省した実家で自室のドアを開けると、俺のベッドの上にそいつは寝転んでいた。

 四本足に黒い体毛。全体的なフォルムは犬っぽいが、若草色をした三つの瞳をきょろきょろと彷徨わせている。口からは一メートルはあろうかという赤い舌が垂れ下がっており、時折くねくねと動いていた。


「なんかいる」


 ぎょろり、とその三つ目が一斉に俺を捉える。


「なんかいるーーーっ!!!」

「兄ちゃん、うるさいよ」

「うわぁ!?」


 背後から声をかけられて叫びながら振り向く。そこに居たのは少し年の離れた中学生の妹だった。ちなみにかなりアホである。成績はかなり良い。だがそれ以外がアホだ。ねじが外れていると言い換えても良いかもしれない。

 いや、今は妹について考えている場合ではないか。


「逃げろ妹! 部屋の中にやばそうなのが居る!」

「何さやばそうなのって……。ポチしかいないじゃん」


 ひょこ、と俺の体越しに室内を覗いた妹は何でもないようにそう言った。


「…………ポチ?」

「うん、ポチ。……あ、兄ちゃんに紹介してなかったっけ?」


 それから平然とベッドに近づき、その黒い生き物をひと撫でするとこちらに向き直る。


「我が家の新しい家族、ポチだよ。私が拾ってきた犬」

「…………絶対犬じゃないんですけど!!」

「犬だよ」


 軽く頬を膨らませて反論する妹。いやいや、それは流石に無理がある。


「こいつが犬ならウミウシですらぎり犬判定になるわ!」

「何言ってんの、ウミウシはウミウシでしょ」

「んなこと分かってるよ!」


 心底呆れたように眉をしかめた妹の顔。こいつめちゃくちゃ苛立つ表情をしやがる。なんで俺の方がおかしい感じになってるんだ。


「そんなに犬だって主張するなら犬種言ってみろ! こんな典型的エイリアンみたいな特徴持ったのが居ればだけどな!」


 俺の言葉を受け僅かに動揺したように瞳を揺らす妹だったが、顎に手を当ててしばし黙り込んだかと思えば突如ぽんと手を打って口を開いた。


「あ、あれ! えっと……プレーンドッグ?」

「ヨーグルトじゃねえんだぞ」

「……あれ、間違えたかな?」

「というかどの辺がプレーンだ。全然普通じゃない、余計なトッピングしかねえよ」

「ふう……兄ちゃん、普通って何だろうね」

「無理やり深みを持たせようとするな。ペットボトルの飲み残し程度の浅い問答なんだよ」


 妙にアンニュイな表情を浮かべているが、そんな御大層な内容は話していない。


「あ、思い出した。プレーリードッグだ」

「プレーリードッグは犬じゃないだろ……」

「え!? プレーリードッグって犬じゃないの!?」

「見た事あるなら分かるよね?」


 妹は愕然と目を丸くして唇を震わせている。そんなに心の底からプレーリードッグを犬だと思ってたのか。この反応、多分実物を見たことは無かったのだろう。とはいえ名前に引っ張られ過ぎでは?


「ふう……。とりあえずこんな犬は存在しないという結論でOK?」

「……NO!」

「強情だなお前も」

「……お母さんだって犬って言ってたもん」

「嘘つけ」

「じゃあ今から聞いてみるよ!」


 言いつつスマホを取り出すと、買い物に出かけている母さんにメッセージを送り始める。数秒経って、すぐに返事が返って来たらしい。

 「ほら!」と顔面に押し付けるようにして見せられた画面には、このようなやり取りが表示されていた。


『お母さん! ポチは犬だよね!?』

『もちろんよ。それ以外のなんだって言うの~』


「嘘だろ母さん」

「ふふん!」


 勝ち誇ったように笑みを浮かべるが、俺は唖然としてしまいそれどころでは無かった。まさか俺にだけポチが別の容姿に見えているのだろうか。そんなホラー映画みたいな世界観ある?


「……そうだ、父さん! 父さんはなんて言ってるんだよ!」

「…………」

「なんだその沈黙……。はっ、そうか! 父さんは俺と同じ意見なんだ、そうだろ!?」

「いや、お父さんは……」

「父さんは?」

「——猫だって」

「んな訳あるか馬鹿親父!!」


 予想の斜め上を行く回答に思わず叫んでしまう。どの辺が猫なんだ。最早どこを見てそう思ったのかも分からない。いや、犬だったら納得できるという訳でもないのだが。


「そもそも猫にしてはでかいわ! 大型犬くらいのサイズはあるぞ!?」

「それはメインクーンだからって……」

「でっかい種類の猫! なんでそこまでして猫ってことにしたいの!?」

「お父さんの犬アレルギーが出ないから、猫のはずだって言って聞かないの」

「出ないよ! 犬アレルギーでも猫アレルギーでもこいつの所為で症状は出ないよ! 出たとしたら多分未知のウイルスとかに罹ってます!」

「ポチは汚くないもん!」

「そういう話じゃない! ……っていうかそうだよ! 父さんに犬アレルギーあるのに何で飼おうとした!? いや犬ではないんだけどさ!」

「……ワンチャンいけるかなって、犬だけに」

「やかましっ!」


 そんな風にやいのやいのと言い合いをしていると、ポチがむくりと体を起こした。ぴしりと固まる俺をよそに、ポチは大きく口を開けてあくびをする。


 ぼわっ!


「ぼわ?」


 瞬間、室内に眩い光が満ちる。少し遅れて凄まじい熱気が俺の全身を叩いた。光が治まるとポチは満足したのか、再びベッドへ体を預け瞼を閉じた。


「………………」

「お~、今日はいつもより元気みたい」


 呑気に呟く妹の肩をガッと掴み、大きく息を吸い込んで叫ぶ。


「——今そいつ火ィ吹いたよね!!?」

「うるっさぁ……。そりゃ火くらい吹くでしょ、犬だし」

「お前の中の犬はドラゴンか何か!?」


 ぼわっ!


「うおおっ!? まただよ!」

「残火だね」

「ちょっと格好つけた言い方すんのやめて? ……あ、やばい。叫び過ぎて頭痛してきたかも」


 あまりに常識外の事が起こりすぎていて俺の頭がついていけていないらしい。眉間を指で摘まんで軽くもみほぐす。……気休めにもならないな。


「兄ちゃん大丈夫?」

「黙って原因二号……」


 ちなみに一号は言わずもがなである。と、そんな事を考えて居る時だった。

 コンコン。窓の方からノックのような音が聞こえる。あの、一応ここ二階なんですけど。……いや、もういいか。ここまで来ればトンチキ現象が一つや二つ増えても同じだ。どうにでもなれ、とやけくそ気味に窓の方を見やり、絶句した。


 異常は二つ。


 一つは窓の外に浮く巨大な飛行物体。円盤のような形状をしたボディをちらちらと光の線が走っている。うん、どう見てもUFOだね。しかも典型的なやつ。

 二つ目。いつの間にか室内に居た得体の知れないやつ。きっちりとしたスーツを着込んだそいつの顔に一切の体毛は存在せず、瞼のないアーモンド型の目らしきものだけがこちらを見ている。うん、どう見ても宇宙人だね。しかも典型的なやつ。


「——もういいって!!」

「えっ、何か粗相をしてしまいましたか……?」

「喋ったぁ!?」


 這いつくばって地面に拳を叩きつけると、当たり前のように推定宇宙人が日本語を発した。


「それは喋りますよ、現地人とコミュニケーションが取れないと困りますから。ははは」

「……なんか当たり前に会話できてるのが不思議で怖い! 礼儀正しい上妙にコミュ力高そうだしさぁ!」

「おっと、お話に花を咲かせている暇はないのでした。ええとですね、私は所謂宇宙人なのですが」

「でしょうね!」

「本日は我が星の者を回収しに参りました」

「! それって……」

「できるだけ速やかに帰還していただけると助かるのですが……」


 ちら、とポチへ視線を向ける。相変わらず我関せずと眠っている。あいつ、やっぱり犬でも何でもないじゃないか。俺個人としてはこいつを回収してくれるのはありがたいが……。目線を切り、今度は妹の方へ。

 妹は、悔しそうな表情で俯いていた。まあ、気持ちは理解できる。正直俺自身はポチに対する情は無いに等しいが、妹の様子を見ていれば何となく察する。こいつは本気でポチの事を可愛がっていたのだろう。

 だがそれはポチを返さない理由にはならない。ポチが宇宙人だとすれば、元居た星と異なる環境で生活することは良くないだろう。そうでなくても、将来的にどんな影響があるか分からない。それはスーツの宇宙人の言葉が証明している。

 こいつは先程、話している暇は無いと言った。そこから推測できるのは、滞在時間に関する制限か何かがあるということ。詳細は分からないが、早く返すにこしたことはない。

 さて、どう妹を説得するべきか。悩みながらも口を開きかけたその時。


「……分かった」


 妹は、絞り出すような声でそう言った。俺はその様子に思わず息を呑んだ。

 失礼かもしれないが、俺は絶対にこいつが駄々をこねると思っていた。いや、俺が一人暮らしを始める前までなら確実にそうしていただろう。

 子供の成長は早いというが、俺はそれを実感していた。まさかこの年齢で親の気分を味わうとは思わなかった。


「帰るよ」


 立派になったなぁ。そんな感慨は、続く言葉で疑問に上書きされた。え、今こいつ帰るって言った? 返すじゃなくて?


「ありがとうございます。では、参りましょう」

「うん」

「いや待って待って」

「……お兄さん、別れはお辛いでしょうけども」

「違う違う違う……! え、なにお前が宇宙人なの!?」


 俺の鬼気迫る問いかけに対し、妹はこくりと一つ頷いた。でも、俺とこいつは血縁関係で……。あれぇ!?


「……兄ちゃん、今までありがとう」

「いやいや……」

「お母さんとお父さん、兄ちゃんと過ごした生活はとっても楽しかったよ」

「いやいやいや……」

「それじゃあ、私はもう行くね……」


 僅かに濡れた目元を指で拭ってはにかむ妹の姿。多分漫画とかなら感動の場面なのだろう。でも。


「いや追いつかないって! 感動的にするにはポチの存在がノイズ過ぎるわ! 結局あいつは何者!?」

「もうっ、だからポチはただの犬だって。……ありがとね、最後が湿っぽくならないようにしてくれて」

「違う、そういう粋な気遣いとかではなく……!」

「それじゃあ、今度こそお別れ。じゃあね」

「待っ——」


 一瞬光が弾けたかと思えば、もうそこには妹もスーツの宇宙人も居なかった。勿論、窓の外のUFOも姿を消している。

 俺は暫くその場で呆然と立ち尽くしていた。それから徐にがらがらと窓を開けると、サッシに両手をついて空を眺める。


「……あいつ、ほんとにいなくなっちゃったのか」


 怒涛の展開の所為で遅延していた寂しさが、不意に顔を覗かせる。……母さんたちにはどう説明したものか。実は妹は宇宙人でした、とか言っても意味不明だよな。


「はぁ……」

「ばうっ」


 魂が抜けるかと思うほど深く溜息を吐くと、背後から動物の鳴き声らしきものが聞こえた。多分ポチだ、いっちょ前に鳴き声だけは犬である。

 ……こいつも、自分を可愛がっていたやつが居なくなって寂しいのだろうか。この時ばかりはポチの正体云々も忘れ、感傷的になりながら振り向くと。


「がぶ」

「え」


 直後視界が真っ暗になる。……あれ、これ俺噛まれてない? ってか、呑まれてない?


「——おいふざけんな謎生物! 人が感傷に浸ってるところに襲いかかりやがって! 飼い主が居なくなった途端にこれだよ!」

「がぶがぶ」

「あーっ!! 今腕に歯が刺さった! 絶対血出たこれ! 上等だやってやるよ! くそっ、てめえに動物愛護法が適用されると思うなよ!」

「がぶがぶがぶ」

「あーーーっ!!!」







「うぅん……。法の前に首を垂れろ……」

「兄ちゃん、起きて。……起きろ!」

「ごふっ!」


 突然腹部に強烈な打撃を受けてベッドから飛び起きる。焦点の合わない目で周囲を見回すと、俺の腹へ向けて拳を突き出した姿勢の妹が立っていた。


「あれ、お前は星に帰ったんじゃ……!? ……いや、夢か」

「…………」

「沈黙怖いからやめて? 夢だよね? ね?」

「……まだ寝ぼけてるみたいだね。鼻にわさびとからし突っ込んであげようか?」

「善意百パーセントみたいな眼差しで拷問しようとしないで!」

「……まあいいや。お昼できたから下来てってお母さんが」


 「先下りてるから」と言い残して部屋を後にする妹の背中をぼんやりと見つめる。


「……夢、だよな? うん、そういうことにしよう……」


 夢(?)で見た出来事は出来るだけ深く考えないようにする。とりあえず一階へ降りよう、せっかく帰省したのに寝てばかりでは怒られてしまう。

 欠伸を一つこぼしつつベッドから立ち上がると、先に行ったはずの妹がひょっこり扉の外から顔を覗かせる。


「あの、ね。兄ちゃん、一つ相談があるんだけど……」

「……いいけど珍しいな、お前が相談なんて。いつもごり押しで欲しい結果を強奪する山賊スタイルなのに」

「えへへ……」

「一応言っとくと、誉め言葉じゃないぞ」

「もう、話の腰折らないでよ。折るよ?」

「ごめんなさい」

「……実は、今日この子達を拾ってきちゃったの。どうにか家で飼えるようにお母さん達の説得を手伝ってもらえないかな、って思って」


 ほら、おいで。そう優しい声音で手招きをする妹。その背後から現れたやつらが、その三つの瞳で俺を見る。いや、訂正しよう。合計九つの瞳、が正しいか。


「……………………」

「……………………」


数秒か、はたまたそれ以上か。痛いほどの沈黙が場を支配する。


「……ばうっ」


 その鳴き声で漸く目の前の現実を認識できた俺は、大きく口を開いて近隣中に響き渡る程盛大に叫び散らした。


「増えるなーーーーっ!!!!」




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