第8話 絶対零度の溶かしかた
昼休みのあの騒がしさがウソみたいに、放課後は校舎全体がやけに静かだった。
でも、あたしの心の中は静かじゃない。
だって――なんであたしが「偵察部隊」やんなきゃいけないの!?!?!?
「放課後の校舎裏=告白現場」って、マンガでもラノベでも世界の常識でしょ!?
そこにずかずか踏み込むなんて、まるで「爆発現場に近づく一般人」じゃん!!
こっちは命が惜しいんだよ!!
……でも、希果の「お願い♡」を断れるほど、あたしは強靭な人間じゃなかったのだ。
逆に、断れる人間を知っているなら、ぜひ紹介状を書いてほしい。
あの子、きゅるきゅるした子犬みたいな顔で迫ってくるから罪悪感エグいんだよ…。
「はぁ……。あたしの人生、なんでこういう役回りばっかなんだろ……」
結局あたしは、放課後の校舎裏へ向かうことになってしまった。
放課後の校舎裏に向かう足取りは、地球の重力を3倍くらい背負ってる気分。
けど、お腹の中はやけにソワソワしてる。
……いや、別に。ラブロマンスに興味あるわけじゃないからね!?!?
ぶつぶつ言いながら校舎裏の角を曲がり、近くの柱の影に身をひそめる。
これで準備は万端。あとは、瑠璃がくるのを待つだけだ。
...ったく、希果のやつめ……!
明日、唐揚げ棒請求してやる!
ついでに、アメリカンドッグも!!!
柱の影にしゃがみながら、あたし――いや、楓の体に入ってるあたし(響)は、小さく悪態をついた。
でも、希果が言った瑠璃の「ラブレター現場」を、気にならないわけがない。ま、今日は本物の楓も用事があるとかなんとか。
いつもみたいに会う事はできないみたいだったから。
暇つぶし程度に覗くだけ――そう思ってたんだけど。
「……瑠璃先輩! ずっと、憧れてました! 好きです! 付き合ってください!」
……うおおおおお!?!?!?
いきなり始まった!?!?!?!?
心臓が飛び跳ねる。
校舎裏の静かな空気をぶち破って、初々しい声が響き渡る。
見ると、可憐系の後輩女子が顔を真っ赤にして、両手でラブレターを差し出していた。
対する瑠璃は――いつもどおりの王子様スマイル。
その微笑み一つで、あたりの空気がぱあっと輝いて見える。
「うん。いいよ。よろしくね」
「えっ……!? ほ、本当ですか!?」
「本当。君の勇気、すごく素敵だと思うから」
後輩は涙ぐみながら、手を握られて喜びに震えていた。
……え。
なにそれ。即答? 即オッケー???
いやいやいや! 普通ちょっと考えるとか! 返事は保留とか! あるでしょ!?
動揺している間に――次。
「る、瑠璃先輩! わ、私……ずっと好きでした! お願いします!」
「いいよ」
二人目も秒でオッケー!?!?!?
「私も! ずっと憧れてて――!」
「うん。ありがとう」
「好きです! つきあってください!」
「いいよ」
……。
「…………はああああああああ!?!?!?!?!?!?」
思わず声が漏れそうになり、慌てて口を押さえる。
今の何人目!? 七人? いや八人!?!?
なんか無限ループしてない?!?!?!?
オッケーの連打に脳がついていかない。
これはもしや――
「おまえはヤマタノオロチかよ!!!!!」
心の中で全力のツッコミが炸裂した。
首が八本どころじゃない。彼女は何本の「彼女首」を抱え込むつもりなのか。
しかも、全員に同じ笑顔、同じ優しいトーン。
まるで「YESしか言わない自動販売機」じゃん!!
呆気にとられていると――
すっと、その視線がこっちを射抜いた。
「……響?」
ギクリ。
まるで見透かされていたかのように、瑠璃と目が合う。
隠れていたつもりだったのに、完全にバレてた。
心臓が嫌な跳ね方をして、あたしは観念した。
「……る、るりさぁ!! 今の、なんなんだよ!?」
ついに我慢できずに、柱の影から飛び出す。
瑠璃の背後にいる告白少女たちは驚いて固まっていた。
「告白されたの、全部オッケー!?ふざけるのもいい加減にしろよ!!」
声が裏返るくらいの勢いで叫んでしまった。
でも、これはもう止められない。
あたしの中に、怒りがごうごう燃え上がっていた。
――ここから、あたしのブチギレ説教タイムが始まる。
「なにが“いいよ”だよ!! あんた、相手の顔ちゃんと見てんの!? 本気で言ってんの!? 全部“オッケー”とか、そんなのただの受け身なだけじゃん!!!」
あたしの声が校舎裏に響き渡る。
瑠璃に告白していた子たちが、びくっと肩を震わせる。
「まあ落ち着いてよ、響。可愛い顔が台無しだよ?」
「落ち着けるわけないでしょ?!?!」
「まあほら、一回深呼吸して...」
「できるかあぁぁぁああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
瑠璃は驚いた顔もせず、いつもの柔らかな微笑みを浮かべていた。
その無表情に近い優しさが、逆にあたしを苛立たせる。
「ここにいるみんなは、他にも恋人がいるという条件に理解を示してる。ねえ?みんな」
瑠璃が後ろに呼びかけると、
「そうです...」
「その通りです」
「瑠璃さまとお付き合いできるなら、なんでも受け入れます!」
など、声が続々と聞こえてくる。
「別に断っているわけではないんだから。別にいいでしょ?双方合意で付き合えば、誰にも迷惑かけないし、誰も悲しまないんだし。むしろ、みんな幸せになれる。良いことずくめでしょ?」
瑠璃は軽く笑って、さらに畳みかけてくる。
まだまだ瑠璃のマシンガンは止まらない。
「それにさぁ....どうせ、高校時代の恋愛なんて期限付き。――
「っつ…!」
たしかに、この学校に通う子の多くはお嬢様。縁談の話くらい、珍しくもない。
頭では理解してるはずなのに——なんでだろう、胸の奥がざわついた。
「だったらさぁ、楓も付き合う?期限付きの恋、楽しもうよ」
瑠璃の弾丸は乱れ咲き、されど的確に、あたしの急所を貫いていく。
双方合意なら正しいのか?
恋は期限付きだから軽くていいのか?
考えが、どんどん曇っていく。
……けど。
違うだろ。
あたしは“そっちの世界の人間”じゃない。
庶民として育って、好きな人を一生懸命追いかけて、失敗して、泣いて……それでも伝えようとしてきた。
あたしの知ってる恋は、もっと泥臭くて、不器用で、それでも“本気”だからこそ価値があるやつだ。
だから。
「……はっ。あんたの言ってることは、たしかに正しいのかもしんない。でもさ、それって結局“逃げ”じゃんか!!!」
あたしは一歩前に踏み出す。
胸の奥から熱が噴き出すみたいに、言葉が止まらない。
「期限付きでもいいよ。でも、だからって“好きでもない相手”にうなずく理由にはならないだろ!?」
「告白してきた子たちはさ、本気の“好き”をぶつけてきたんだよ!? 勇気出して、心臓ばくばくさせて! その一世一代の想いに対して、あんたがやってるのは“なんとなく受け止めてるフリ”じゃん!!そんなの、相手の“本気”を踏みにじってるのと同じだ!!!」
一気にまくしたてるあたしの声は、どんどん熱を帯びていく。
――負けない。負けてなんかやらない。
言葉を吐き出すごとに、胸の奥に溜まっていたもやもやが花火のように打ちあがっていく。
「……あたしね、思うんだよ。想いを伝えるのって、自己責任だよ。もちろん、傷つくこともある。断られて泣くこともある。逆に、傷つけちゃうことだってある。でも――それでも伝えたい! 本気で応えてほしい! そう思うからみんな告白してるんだろ!?!?」
「…………」
「だから! あんたは自分の意志で決めていいんだよ! 受け身のまんまじゃ、いつまで経っても本気の“愛”なんて受け取れない!!!あたしにみせてよ!!ほんとうの瑠璃を!!!」
最後の一言を叫んだとき、自分でも喉が痛いくらいだった。でも止められなかった。
告白した子たちの表情が、あたしの言葉に揺れている。だけど――いちばん揺れていたのは、瑠璃自身だった。
いつもの王子様スマイルが消えて、ほんの一瞬だけ。寂しそうに、苦しそうに、目を伏せた。
――その時だった。
瑠璃の頭に、遠い記憶がよみがえっていた。
***
まだ小学生の頃。
放課後の校庭。
夕焼けのグラウンドで、一人の女の子が勇気を振り絞って瑠璃に想いを伝えた。
「る、瑠璃ちゃん……わ、私、ずっと好きだった! 友達じゃなくて、もっと特別な人になりたいの!」
幼い瑠璃は、戸惑いながらもこう言った。
「ごめん……」
その瞬間。
目の前で、女の子の大きな瞳から涙があふれた。ぽろぽろと、止められないくらいに。
「……っ、いやだ……! ごめん……! ごめんね……!」
泣きじゃくる姿を見て、瑠璃は思った。
――自分が拒んだから、この子は泣いている。
――自分さえオッケーしていれば、この子は幸せだったんだ。
胸の奥に、冷たい杭が突き刺さった。
その日を境に、瑠璃は決めた。
(もう二度と……誰も泣かせたくない)
だから。
誰に告白されても「いいよ」と言う。
たとえ本気で好きじゃなくても、断らない。
自分の気持ちなんて、関係ない。
王子様みたいに優しく振る舞えば、誰も泣かない。
そうやって自分を偽り続けてきた。
――でも。
(……本当は、あの時からずっと怖かったんだ。好きって言葉を、どう返していいかわからないのが……)
***
「……瑠璃」
あたしが名前を呼ぶと、彼女はゆっくりと顔を上げた。
その目の奥に、わずかな迷いと、今まで隠していた弱さがのぞいていた。
「響は……強いね」
かすかな声で呟いたあと、瑠璃はふっと微笑む。
けれど、それは作り物の笑顔じゃなかった。
泣き笑いみたいな、不器用でぎこちない表情。
「……私も、変われるかな」
その言葉を聞いた瞬間、あたしの胸がじんわりと熱くなる。
「変われるよ。すぐには無理でも、少しずつなら。とりあえず……八股は整理しろ」
「ぷっ……!」
思わず瑠璃が吹き出した。
さっきまでの緊張感が嘘みたいに、笑い声がこぼれる。
「……ヤマタノオロチかぁ。ほんとだね」
笑いながら、瑠璃はあたしをじっと見つめた。
その視線はこれまでの“王子様”のものじゃない。
ただ一人の女の子が、ただ一人の相手に向けるまっすぐな目。
やっと、瑠璃の冷たく強固な仮面を剥がし、心にふれることができた気がした。
***
『あたしにみせてよ!!ほんとうの瑠璃を!!!』
その瞬間、彼女の胸に小さな感情が芽生えた。
わけもなく、鼓動が早くなる。
胸の奥がざわざわして、熱くなる。
(……この気持ちはなんだろう……?)
瑠璃はまだ感じたことない気持ち。
それが恐ろしくもあり、でも何より――心地よかった。
自分とつり合わない美少女と入れ替わることにしたら、思わぬ百合が咲いた話 もんじゃ @home_san
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