第20話 牛頭の親玉

 幸い俺は一度も落下していない。先頭は討伐団員に走らせ、その後ろを警戒しながらついて行っていた。目の前で団員が落下するのも見た。団員たちは皆自分の勇敢さを誇示するように我先に階段を上っていたが、いかがなものか。この塔は誰かが落ちなければ前に進めない仕組みになっている。討伐団では自己犠牲の精神が讃えられるのであろうか。俺には理解しがたい感情だ。いくら1階にドミニクがいて、傷を治療してくれるとは言え、8階から落ちたくはない。しかしニース隊長をはじめ、討伐団の団員は我先にと塔を上り、落ちていく。主戦力としてアラン団長を1階で温存したが、ニース隊長も立派な主戦力だ。温存しておいてもよかったのではないか。しかし、あの人が一番この塔から落ちている。最後は8階から落ちた。隊長自ら先頭に立つということは兵の士気を上げるが、もっと冷静になってもよかったのではないか。だがそのおかげで俺は最上階についた。魔物に対して俺の剣は通用しないが、剣技では俺の方が勝るようだ。先ほどから襲ってくる牛頭たちは皆両手首を落として進んできた。牛頭たちは屈強な腕力を持っているが、速さでは俺が勝るようだ。最上階にはアラン団長もいらっしゃる。魔物にとどめは刺せなくても、俺の剣技でサポートできるはずだ。最上階は大広間になっていた。門の代わりに大きい窓が4つ設けられており、風が通り見晴らしがよい、ここから北を見れば、北方部族の街が見下ろせるだろう。そう考えていると、窓際に大きな岩のような背中をした者が坐っている。きたな―。岩が俺に気づいて動いた。ゆっくりと振り返り、立ち上がると俺の身の丈と同じくらいの鉄棍を手に取った。牛の頭に人間の身体。短い角をもち、鼻輪をつけている。こいつが牛頭の親玉だ。大きな頭、太い腕、丸太のような脚をしている。手に持った鉄棍はとても人間には持てっこない大きさだ。あんなもので殴られたらひとたまりもない。牛頭の親玉はこちらを見下ろし、よだれを飛ばしながら、大きな威嚇をして襲ってきた。

「グゥアアッ!ブルルルルウルルッ!」

大きな鉄棍を振るってくる。討伐団員の一人が盾で受けたが、そのまま窓まで飛ばされてしまった。

「うわあああっ!」

幸い窓枠の柱にぶつかって落ちるのは避けられた。そうだ相手からすれば鉄棍で即死させても勝ちだが、塔から落とすだけでも勝ちだ。ここは8階。落ちればただではすまない。牛頭の親玉は横薙ぎで討伐団を散らしにかかった。大きく鉄棍を振りかぶってくる。

「フウッ!フアンッ!ブルルゥッ!」

討伐団は距離を取った。

「まともに食らうな!距離を取れ!当たったら死ぬぞ!」

討伐団は散らされた。すると牛頭の親玉はひとりずつに狙いを定め、距離を詰め鉄棍を縦に振りかぶってきた。ひとりの団員が盾で受けてしまった。団員は盾ごとぺしゃんこに潰されてしまった。牛頭の親玉はその亡骸を窓から塔の外に蹴り飛ばした。当たったら即死。その威力に団員たちの腰が引けてしまった。牛頭の親玉はひとりずつ仕留めにかかってきた。体格差がありすぎる。これではただの蹴りを食らっただけでも死んでしまうな。俺は隙を伺っていた。牛頭の親玉の鉄棍の威力は凄まじい。速さもある。しかしその体格の大きさから、脇ががら空きだ。俺は鉄棍を振りかぶった後の背後に回り込みながら、膝の靭帯を裏側から狙って斬りつけた。裏側の腱を断った。牛頭の親玉は片膝をついた。しかし、出血していた膝の切り口が、黒い光とともに傷口が塞がっていく。やはり俺の剣は魔物に通用しない。しかし時間を稼ぐことはできるようだ。それを見た団員たちと目を合わせた。お互いに頷き、次のタイミングで同じように攻撃すると示唆した。牛頭の親玉は再び横薙ぎを繰り出してきた。またもや団員を散らすつもりだろうが、その手には乗らん。俺は横薙ぎを低い姿勢でくぐり、腎臓を狙って長剣を横腹に突き刺した。とった―。だが牛頭の親玉は身体をひねり、反対側の手で俺を殴り飛ばした。

「くぅっ!」

何とか肩の鎧で受けられた。俺は吹っ飛ばされたが、その隙に討伐団が牛頭の親玉に一斉に襲い掛かった。腹と関節、太い血管を狙って剣を立てた。

「ブルヒィンッ!」

身体を回転させ、鉄棍で団員を振り払った。こちらのチャンスだ。俺はすぐさま立ち上がって飛び掛かり、今度は首を狙った。首に長剣を斬りつけた。首の動脈を捉えた。血しぶきが舞った。討伐団も続けて襲い掛かった。勝てる―。と思った矢先に、牛頭の親玉が地面に震脚を放った。すると同時に身体から黒い光を放ち、辺りに黒い稲妻のような光を放ってきた。

「ブルルルルウルルッ!」

討伐団の団員たちは全身に雷を浴びたように痙攣してその場に倒れ込んだ。討伐団が叫ぶ、

「こいつ、魔術を使うぞ!」

これが魔術―。牛頭の親玉の全身から全方向に黒い光が放たれた。これでは背後も足元の隙間から切り込んでも、返り討ちにあってしまう。痙攣した団員たちを、黒い光を纏わせた鉄棍で振り払った。木の葉のように団員たちが壁に打ち付けられた。このままではこれで、終わってしまうか―。と思ったとき、階段から赤い鎧を身に着けた大男が飛び出した。その男は長剣を抜くと、その長剣は白い光を帯び、牛頭の親玉の鉄棍と交わった。白い光を纏った長剣と黒い鉄棍が競り合い、弾かれあった。傷だらけの団員たちを背中にひとりの男が牛頭の親玉の前に立ちはだかった。アラン団長だ。

「待たせたな。よく持ちこたえた。あとは任せろ。」

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