第10話 猛牛のニース

「ドミニクのやつどこではぐれた?もう護衛隊の宿舎に着いちまうぞ。」

そうつぶやくサイラスは市場の人ごみの中に揉まれていた。

「兄ちゃん、美味しい牛肉はどうだい!どう料理しても美味しいよ!今なら負けとくよ!」

「ダメダメ、鶏肉にしときな!こっちはたった今捌いた新鮮な鶏肉だよ!牛肉はいつ捌いたか分からないよ!」

「牛肉だ!」

「鶏肉だ!」

ここの市場の盛況ぶりは相変わらずだと、感心さえ覚えていると、聞き覚えのある声が俺に声をかけた。

「おぉ、サイラスじゃないか!」

銀の甲冑を着た、金髪の男がこっちを向いて手を振っている。あれは討伐団の第1隊長、「猛牛のニース」ことニース隊長ではないか。護衛隊の宿舎の前で手を振っておられる。相変わらず親しみやすいお人柄だ。人ごみをかき分けてニース隊長の下に駆け付ける。

「お久しぶりです。ニース隊長。今日はいかがされましたか?」と問うと、

「ただの買い物だよ。か・い・も・の!いやうちの嫁には頭が上がらなくてね。」

と後ろ頭を掻いた。剣の腕もさることながら、この誰にでも気兼ねない性格から、討伐団の団員からの支持も高い。こちらも思わず笑ってしまうと、

「笑うなよぉ、お前も所帯を持ったらわかるって!いや絶対に!」と目をしかめるニース隊長。こんなに気さくなお方だが、剣の腕は確かで、討伐団の第1隊長という大看板を背負っている。討伐団というのは、灰色の城の城主である国王グランデに仕える、魔族を倒すために結成された部隊のことだ。俺の所属している部隊は、商隊が雇う護衛隊だ。護衛隊は商人が護衛を依頼するという形で成り立っている。しかし、討伐団は国王グランデが治める灰色の城の城下町の税金で成り立っている。そのため討伐団に入ってからも、錬成期間として訓練期間がある。そこで魔族との戦い方だけではなく、討伐団の規範や、体力錬成、さらに闘う戦士としての心得を学ばなければならない。魔族との戦闘においては、一国の軍隊に匹敵する存在なのだ。討伐団は護衛隊よりも腕利きの精鋭たちが揃っている。護衛隊の仕事は商隊の道中の案内や、危険な獣を追い払うこと。また、商品を狙う盗賊を相手にする。これは危険を察知する能力と、道案内、そして単純な剣の腕があればできる仕事だ。しかし、討伐団が相手にするのは魔族だ。魔族は人間や獣の相手とはわけが違う。魔族というのはどこから出現しているのかまだわかっていない。言い伝えによると、人間の怒りや悲しみといった、負の感情が形を成したものだという。俺も一度だけ魔族との戦いをしたことがあるが、あれは化け物だ。あれは商隊の護衛をしていた時、魔族に出会ってしまった。護衛隊の中には未知なる化け物の姿にひるんで逃げ出してしまうものもいた。俺は何とか護衛の任務を果たそうと応戦したが、斬ってもその手に手ごたえはなく、殺意のみの感情をむき出しにしてその爪や牙を振るってくる。攻撃を捌いて、急所を突いて殺しても、幾度となく復活する姿に絶望した。まるで夜の闇に剣を振るうような手ごたえだった。為すすべがなく、絶体絶命の状況に追い込まれた。しかし、そのときに灰色の城の討伐団が駆けつけてくれたのだ。討伐団の猛攻に魔族は撤退し、俺たち護衛隊は難を逃れた。ニース隊長とはその時に出会ったのだ。

「サイラス、そろそろ護衛隊なんか辞めちゃってさ、ウチの試験を受けてみろよ!お前なら、ぜ・っ・っ・ったい、大丈夫だって!」

と肩を叩いてくるニース隊長、

「いや自分は未熟者で…。」と言おうとすると、

「いやもう3年前だぜ⁉お前あの時はまだおチビちゃんだったじゃねぇか⁉初めてお前を見たときびっくりしたぜ⁉こんな子供が護衛隊やっているなんてさ⁉」

ニース隊長はゲハゲハと笑いながら、

「今やもうすっかり逞しくなって、大人のお兄ちゃんじゃねぇか!お前の腕なら余裕だろ!史上最年少の護衛隊長様!」

と肘で小突かれてしまった。

「最近の魔族の動向はどうですか?」

と話題を変えるように仕向けると、ニース隊長にさっきまでの笑顔はなく、険しい顔で、

「最近の魔族の発生率は異常だよ。特に北から西にかけて多く出没している。俺は北にそびえる金の塔が怪しいと思っている。魔族の発生源を突き止めない限りイタチごっこさ。」

自分の顔が強張るのを、ニース隊長自身も気づいたらしい。慌てて一瞬でパッといつもの笑顔になり、

「護衛隊の中に、お前の他にもさぁ、腕利きの剣士はいないの?こっちは人手不足で天手古舞さ。誰か討伐団に紹介してくれよぉ―。」

とわざとらしく頭を下げるニース隊長の言葉に、ふとドミニクの顔が浮かんだ。

「護衛隊ではないのですけど、ちょっと面白い奴がいまして。」

目を見開くニース隊長。詳細を知りたいようだ。こちらの顔を覗き込んでくる。

「そいつと待ち合わせをしていたのですが、はぐれてしまって。もう少しで来ると思うのですが…。」

という言葉を言った最中、その面白い奴が宿舎までやってきたが…どういうことだか顔がボコボコに腫れている。

「あっ!サイラス!良かったぁ―。会えた!」

誰に殴られたのか知らないが、顔をパンパンに腫らし、鼻には脱脂綿を詰め込み、それでも元気よく手を振る肩幅の広い青年が声をかけてくる。俺は、

「誰だ、お前?顔が饅頭みたいに膨らんでいるじゃないか?」

「いやだなぁ。僕はドミニクだよ、サイラス。」

饅頭が自信たっぷりに言うものだから、ニース隊長が爆笑してしまった。

「こいつが面白い奴か?いや確かにその顔は面白いが。」

と隊長は腹を抱えて笑ってしまった。俺もクスリとわらってしまうと、

「いやだなぁ、こっちは大変だったから。」と饅頭がほざく、

「はぐれたお前が悪いだろう。田舎者が。」

と嘲笑うと、饅頭が赤くなった。改めてニース隊長に饅頭を紹介する。

「こいつはドミニク。同じ糺の森出身の弟みたいなものです。」

「俺はニース、討伐団の第1隊長を務めている。サイラスとは旧知の仲だ。俺なんかに堅苦しくしなくていいぞ。」

とニコッと笑うと、饅頭もニコッと笑った。

「サイラスは討伐団の隊長様とも知り合いなのか!すごいな!」

フゴフゴと饅頭が喋る姿に、ニース隊長も噴き出してしまった。

「いやぁ見事な傷だ!これはきっと人民を護れる戦士に違いない!」

と大爆笑するニース隊長。ドミニクのあまりの顔の腫れ様に俺も笑ってしまったが、

「私はニース。討伐団第1隊長を務めている。猛牛のニースなんて呼ばれているが、嫁相手にはそこらの鶏と変わらない哀れな男さ。コケコッコー!」

なんてニース隊長がふざけてしまうものだから、俺も噴き出してしまった。

「なんだっ!笑わないのっ!サイラス!いいかぁ、嫁というのは魔族より恐ろしいものだぞ!」

と指で角を作ったニース隊長に笑わずにはいられなかった。本当にこの人は人の懐に入るのが上手い。ドミニクもニース隊長のしぐさに大笑いしていた。

「それで?ドミニクのどこが面白いのだ?」

と笑みを見せられた俺たちは、少し強張り、固まった。ドミニクの掌から出る白い光について、討伐団の団員なら何か知っているのではないか。そのような想いでドミニクを東の街まで連れてきたが、第1隊長に気楽に尋ねる質問ではない。ドミニクと視線が合った。ドミニクも自身の異端を感じているのだろう。流し目で俺に合図すると、俺は恐る恐る本題に入った。

「魔族は魔術を使うと聞きましたが、それはどのようなものですか?」俺が探りを入れる、

「魔術?何だいきなり?魔術は魔族が掌から黒い光を出してなぁ、こちらに放ってくるものさ。食らうと全身にビリビリっと痛みが走ってなぁ。そのあと気持ち悪くなるのよ。オゲェーって。」舌を出すニース隊長。

「白い光を出す魔術は見たことはありませんか?」とドミニクが問う、

「白い光⁉そんなものは見たことがねぇな⁉魔族はいつも黒い光で攻撃してくるぞ⁉」

ドミニクと俺は見合わせた。ドミニクの掌から放たれる白い光の正体を突き止められるかも思いこの街に来たが、歴戦のニース隊長でもご存じないようであるならばお手上げだ。そう思っていると、

「魔族のことなら俺よりもアラン団長に聞くといい、ちょうど今灰色の城に戻ってきておられる。西の砂漠への遠征が済んだところでな。そうだ!サイラス!お前アラン団長の入団試験を受けてみろよ!」

「アラン団長の入団試験?」と俺がニース隊長に問う、

「普通は入団してから錬成期間を経て配属されるが、アラン団長の入団試験を突破した者は、錬成期間無しで即配属になるのさ!即戦力として最前線に加わる!それだけ俺らも人手が足りねぇってことだけどな。サイラスお前、受けてみればいいだろう⁉」

確かに討伐団に入ることが出来れば、俺の剣の腕も飛躍的に上がるだろう。錬成期間無しで入隊できるなら、これとない話だ。

「大丈夫だって!俺が紹介しといてやるからよう!」

ニース隊長の紹介があれば、尚更良いだろう。護衛隊では俺に剣の腕で勝る者はいなくなってしまった。糺の森を出てから3年、少々窮屈さを感じていたころだ。一生護衛隊で良いというわけにはいかない。ドミニクのことについても尋ねたいが、俺にとってもいいチャンスかもしれない。

「じゃあドミニク、剣を抜け。どんなに面白い奴か相手してやろう。」

ニース隊長がスラッと剣を抜いた。まずい、面白い奴と言ったのが誤認されたようだ。単純に白い光のことだけを聞けばよかった。ドミニクは成人の儀を終えたばかりだ。覇猪しか相手にしたことはない。ましてや相手は「猛牛のニース」だ。顔が腫れるだけでは済まないかもしれない。そんな心配をよそに、ドミニクもスラッと小剣を抜いた。見覚えのない小剣だった。覇猪の鬣があしらわれた、片刃の小剣だった。いつのまに手に入れた物か知らなかったが、逡巡、ドミニクが吼えた。

「我が名はドミニク!人を殺めるために武器を持たず!人を護るために武器を持つ!」

と、ニース隊長に突進していった。

ニース隊長が一瞬ニコッと笑うと、ドミニクの全身を使った籠手での体当たりをしっかりと受け止めた。両者身体が弾かれ、一瞬の間を持って、再び剣と剣がぶつかった。

「勇者ドミニク!良い心がけだ!猛牛のニース、お相手仕る!」

と激しい鍔迫り合いになった。だがそこはニース隊長、ドミニクの身体を払うと、上段からドミニクの顔を狙って斬り伏せた。ドミニクは流れた身体をなんとか戻し、小剣でニース隊長の一撃を受けたが、その威力に身体を縮めてしまった。ニース隊長の攻撃は受けてはいけない。「猛牛のニース」と言わしめたその剣は一撃の威力にある。ニース隊長の剣をまともに受けてはいけない。そのまま地面に斬り伏せられてしまう。だがしかし、ドミニクはそれを受けてみせた。ニース隊長の剣を跳ね返すと、小剣を斜に切り込んでみせた。

「こいつは面白い!」

とニース隊長は盾で受けると、ドミニクの鳩尾に蹴りを食らわせた。今度は前かがみになるドミニクに、ニース隊長は再び上段からドミニクを斬り伏せようとした。しかしドミニクは、前かがみになる寸前、半歩足を前に踏み込み、ニース隊長に向かって半身を翻した。糺の森で俺がドミニクに放った技だ。ニース隊長の懐に斬り込み、首元の鎧に向かって斬りつけた。

「キィンッ!」

とニース隊長の鎧に当たり、隊長の上体がのけぞった。その隙にドミニクが顔面に向かって小剣を振るった。

「いやああっ!」

小剣は寸前でニース隊長の顔の前で止まり。勝負が決した。まさかのドミニクが勝利した。両者剣を収めると。ニース隊長は大笑いし、

「こいつは面白い!俺の負けだ!」

とゲラゲラ笑った。戦いにはいつの間にか観衆が出来ており、野郎どもの歓声が上がった。

その脇を羽根の付いた帽子をかぶった少女が出てきて何やら声高に叫んでいる。

「この勇者様が持つ小剣は、キルリア武具店のとっておきの一品さ!糺の森の女神が施した、神聖なる小剣だよ!勇ましい覇猪の鬣をあしらった、勇者様にふさわしい小剣が、今なら1万5千ダラズ!たったの15千ダラズだよ!」

とビラを振りまく少女に観衆の注目を集めた。観衆の騒ぎはヒートアップしてその武具店に駆け込んでいった。肝心の勇者様は地面に突っ伏している。怪我をしているのか?慌てて駆け寄り、仰向けにすると、真っ赤な顔の勇者が現れた。

「うん。尊父、もう呑めません。ふぅん。」

この顔の赤さ、殴られただけではない。こいつ重度の酔っぱらいだ。

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