第9話 キルリアの尊父
店の奥にはキルリアの祖母、祖父の姿があった。キルリアの祖母は、
「キルリア!そちらはお婿さんかね!まぁ男前を捕まえたじゃない!」
とかすれ声で言う祖母がいた。キルリアは、
「こちらは勇者様だよ!世界を救う勇者様だ!」
と言うと、キルリアの祖母は満面の笑みで拍手をした。
「それはめでたい!よくやった!キルリア!」
祖母は笑みを絶やさず拍手を僕に送っている。その声に気づいたのか、店の奥から背の高いおじいさんがぬぅっと顔を表した。
「キルリア、今の騒ぎは何だ?」
右手を震わせながら、背の高い老父がこちらを見つめている。恐らくキルリアの祖父であろう。キルリアは、
「尊父、こちらのお兄さんに悪党から身を護ってもらったのさ。何か礼を尽くさなくては。」
とキルリアはかしこまって言うと、尊父の顔が笑みに変わった。
「勇者様だな。それでは一番良い酒を用意しよう。」
と店の奥に消えていったかと思うと、陶器の酒瓶を持ってきた。
「これは8年熟成させた、とっておきの白酒だ。勇者様よ。」
と満面の笑みで酒瓶を持ってきた。あぁ、酒盛りだ。酒盛りに民族は関係ないのだ。そう思っていると、
「今ツマミを作るわ!ゆっくりしていって勇者様!」
とキルリアの声が台所から響き、僕は席に座らせられてしまった。尊父は笑みが絶えず、
「どうやって荒くれたちを黙らせたのだ?」
「今何歳になるのだ?」
「結婚しているのか?」
矢継ぎ早に質問を投げかけている―。キルリアのいい人だと思われているのだろうか。いやただの通りすがりなのだが―、
「呑め。家で一番いい白酒だ。お前のために今まで取っておいたのだろう。」
なんて言われては、呑まざるを得ない。宴席が始まってしまった。東の街も糺の森も変わらないのか、そう思っていると、
「ほら、排骨が煮えたよ。食いな。」
覇猪のアバラ肉だ。柔らかく煮えてそうだ。これは絶対美味いだろうなと思っていると、尊父が先に齧り付いた。もちゃもちゃと骨を吐き捨て、
「お前も食え。絶品だぞ。」
と微笑んだ。これには抗う術がない。僕も排骨に齧り付き、もちゃもちゃと骨を吐き捨て、
「おいしい!」
と言うと、尊父はにっこり笑って、
「食え!祝いだ!」
と僕の前に大量の排骨を差し出した。とても食べきれる量じゃなかったけど、もてなしを断るわけにはいかない。僕は、
「これは美味い!絶品だ!」
と相槌を打った。尊父は僕の態度を気に入ったらしく、にっこりと微笑んでいた。
僕はキルリアの生い立ちが気になった。尊父にそのことを尋ねてみることにした。
「お孫さんは、この店の店主なのですか?」
尊父はにっこり笑うと、
「もともとは儂の店だったが、娘と娘婿に継がせたのだ。しかし、娘婿が討伐団に行くと言って聞かなくてね。結局魔族に殺されてしまった。その後を追うように娘も逝ってしまったよ。孫のキルリアは忘れ形見さ。」
尊父は淡々と話した。
「キルリアはよくやってくれている。昔の取引先はまだ儂の顔が利くところもあるけど、新しい鍛冶場と次々契約してね。甲斐甲斐しく働いているよ。武器の商売は質の高さも必要だけど、おかげでこの数の品揃えを構える店はこの街にこの店一つだよ。」
と誇らしそうに盃をクイっと飲み干した。
「あたしの夢はね、世界一の大金持ちさ!おじいちゃんとおばあちゃんにいい暮らしをさせるのさ!そのためならあんな男たちは蹴り上げてやるのさ!」
話が聞こえていたらしい。キルリアは大皿を持ちながら、僕たちの前に現れた。
「魚が蒸せたよ!お兄さん、遠慮なく食いな!」
尾頭付きの魚の蒸し物だ。大蒜醤油で食うらしい。これは歓待を受けている。男たちの盾になった甲斐があるということか。
「お兄さん、名前は?」
「僕はドミニク、西の森から来た。君の名前はキルリアかい。」
「そう、キルリア。紺碧の島で採れる宝石が由来さ。母さんがつけてくれたのさ。」
そう言うキルリアは少し物悲しそうな顔をしていたが、すっと普段の表情になり、宴席についた。
「逆賊を追い払った勇者様のお通りだ!うちの店にとっては喜ばしい限りだね!おじいちゃん、お酒をもっと持ってきて!」
尊父がまた酒を持ってきた。こういうところはいくら栄えている東の街でも、糺の森とも共通なのか。やれやれとまいっていると、
「勇者ドミニク、人を殺めるために武器を求めるにあらず、人を護るために武器を持て。」
とまたクイっと盃を飲み干した。その言葉は長年武器商人を務めてきたであろう尊父が放つ、戒めの言葉だった。その言葉の重みはどこか父さんの懐かしさを感じた。僕は同調の意味を持って、盃を飲み干すと、
「それでいい。」
と尊父はにっこり笑った。するとキルリアがやってきて、
「お兄さん、あれだけ殴られたのにそれだけ食えるっていうのは、頑丈な身体だね!近くに商隊の護衛隊の宿舎があるのさ!腕試しをしてみないかい!さっき買ったウチの小剣で!」
と言ってきた。僕は返答に悩んでいた。強い男というのは、確かにかっこいいかもしれない。だが己の強さを確かめるために、誰かを傷つけることを躊躇っていた。僕は弱虫なのだろうか。戦う理由を見出さなければ、戦う覚悟がないのであろう。自分でもそれがよくわかっていた。返答を詰まらせている僕を横目に、キルリアの言葉を聞いた尊父は静かに俯いて酒を呑んでいた。
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