第8話 商人キルリア

「キルリア、おいキルリアや。今の騒ぎは何だね?」

「おばあちゃん。ちょっとお客が騒いだだけだよ。今そっちへ行くから。」

さっきとは打って変わって、優しい声色で老婆に声をかけた。この少女キルリアというのか。キルリアは、

「お薬は飲んだ?ちゃんと飲まなきゃだめよ。あれは山間の村から取り寄せた物よ。」

というと、老婆の介護に行ってしまった。

キルリアの祖母であろうか、体調が芳しくないらしいな。それは良くない。山間の村の薬は良いと評判だが、歳に勝てる薬はあるのだろうか。いや待てよ、僕の小剣は―。

と考えていると、キルリアの声が奥から聞こえた。

「右奥の棚が小剣よ!気に入った剣があったら教えてね!」

さっきまで客引きをしていたのに、投げられてしまったぞ。いや忙しいに違いない。ユウミも母の面倒を看るときは必死だった。キルリアも必死なのかもしれない。あんなに小さい身体で、いかつい男たちを追い払ったのだ。武器を扱う店主としてふさわしいのかもしれない。とにかくこれでゆっくり小剣を探せる。

僕は言われた通りに、右奥の棚を物色し始めた。様々な小剣があったが、ふいに一つの小剣と目が合った。それは柄がカニラの木で出来ており、覇猪の鬣がなびいていた。柄を手に取り、刀身を抜くと、片刃の鋭い刀剣が現れた。僕が持っているさばきと同じようなつくりだけど、刀身が長く鋭くなっている。さばきは覇猪の肉や骨を捌くものだ。そのため頑丈な片刃で刀身も短い。だがこの小剣はどうだろうか。泉の森を讃えるような装飾だが、この剣はさばきより細く長く、鋭い。これは人間を殺すための武器だろう。と考えていると、僕の手を小剣で引き裂いた父さんの言葉がよぎった。僕は小剣を手にしたら、覇猪ではなく、人間を手にかけることになるのだろうか。生活のために覇猪を狩るのに抵抗はない。だが人間を相手に戦うというのはどういう感情を持てばいいのか。正義や大義で人間を斬ってしまっていいのだろうか。あの時の父さんの瞳を思い出していると、

「それは8千ダラズでいいわ!西の森の物みたいだけど、ちっとも売れなくってね。どうだい?買うかい?」

僕が返事をすると、キルリアはニコッと明るい笑顔を浮かべた。なんだ、ちゃんとこの店の愛らしい看板娘じゃないか。僕は代金を支払うと、

「毎度あり!」

と威勢の良い掛け声が聞こえた。僕はこの小剣が気に入った。カニラの木や覇猪の鬣が使ってあるのもそうだけど、片刃で分厚い刀身が何よりもいい。使い慣れていない物は武器にはならない。僕が持っていたさばきに似ているこの小剣は扱い方が分かっている。いい買い物をしたなと街を歩き、浮かれていると、さっきの男たちとその仲間がキルリアの店に向かうのを見つけた。

「兄貴!この店です!この店のちんちくりんなガキが卑怯な手で俺たちを…!」

兄貴と呼ばれた男は、ぬぅっと店の門をくぐり、

「姉ちゃん、弟たちが世話になったな。勘違いするな、争いをしに来たわけじゃない。けじめをつけさせに来させてもらっただけさ。」

というと、煙草をフゥーっとふかせた。兄貴は続けて、

「さっきの斧を2万ダラズ、それで手打ちにしようや、金はある。」

と言うと、2万ダラズを番台の上に叩きつけた。庶民には扱えない大金だ。キルリアは何と言うのだろう、一瞬の静寂の後、キルリアが口火を切った。

「大の大人3人がかりで、たったの2万ダラズかい!この恥知らず!一人2万ダラズで6万ダラズはくれないと示しが付かないね!」

この少女に怖いものはないのだろうか。僕は身体がこわばり、無意識にキルリアの傍に身体を近づけた。キルリアはこの男たちを恐れていないのだろうか。店を背負うという重みから自身の役目を背負っているのではないか。それは齢16歳の年齢で、武器商人をするということは試練なのではないか。そんな考えを巡らせていると、

「承知しないならうちの客じゃないよ!帰った!帰った!」

「この小娘が!調子に乗りやがって!」

争いが始まってしまった。僕は何とかキルリアを護ろうとした。いい武器をもらったとか、か弱い?小娘だからとかではなく、僕の本能がキルリアを庇えと命じていた。

「何だ!お前⁉どこの者だ⁉」

僕が戦闘に交わると、兄貴と言われる男から怒号が鳴った。キルリアは、

「お兄さん!仁義を分かっているね!」

「何ぃ⁉この店の仲間か!やっちまえ!」

と半ば強制的にキルリアの味方をすることになった。こんな騒ぎをユウミに知られたらとんでもない、と僕の杞憂の上を兄貴の右拳がかすめると、キルリアは兄貴に金的を蹴り上げた。

「てめぇ!卑怯だぞ!」

うん。さっきも見た。キルリアの必殺技なのだろう。この店は男客が99%訪れるだろう。そんな厄介な男客を退治するために編み出したキルリアの必殺技なのだと今確信した。

「男のくせに情けない声だねぇ!」

僕を囮に使って、キルリアは次々と金的を蹴り上げた。男たちは股間を押さえ、皆尻を後ろに引っ込めている。その隙に僕が男たちの前に立ちはだかった。成人の儀を終えた僕だ。体つきには多少の自信がある。立ちはだかる僕。股間を押さえる男たち。こうなってしまっては、引き下がるのを得ない。

「ちくしょう!覚えてやがれ!」

兄貴はそういうと、子分を連れて去っていった。僕はキルリアの盾にされていたから、負傷している。特に顔に打撃を幾分か食らっている。腫らした顔でキルリアの方を向くと、

「何だい!その顔は!こっちへおいで、手当てをしようじゃないか、勇者のお兄さん!」

と店の奥に連れていかれた。

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