第11話 灰色の城

 「はっはー!食いつきが悪いな!やはりこの城の堀の連中は警戒心が高い!一筋縄では釣れん!お坊ちゃん!お嬢ちゃん!そちらはどうだ!」

僕は左手の肘と前腕に釣り糸を手繰り寄せながら答える。

「やっぱり餌がよくないじゃないですか?パンで魚を釣ろうなんて…!」

「パンは人間の食べ物さ!魚は虫が好きだって子供でもわかりきったことさ!」

僕たちが見ず知らずの大男に不満をこぼすと、

「そんなに焦るな、釣りは忍耐!人生と同じよ!一発食わせてやるには時間と辛抱が必要なのだ!」

その髭面の大男が釣り糸を垂らしながら豪快に笑う。まったく僕たちは何でこんなことになっているのだっけ?えっと僕は掌から出る白い光の正体を突き止めるために灰色の城までやってきたのだが…どうしてこんな汚い川で釣りをするはめになったかというと…。


 「ドミニク、あたしの護衛を頼むよ。灰色の城に行くのだろう?1万ダラズでどうだい?」

キルリアにそう切り出されたときはびっくりしてしまった。僕が護衛の仕事?

「討伐団の隊長を倒すなんてすごいじゃないさ!腕は確かだし、おじいちゃんと酒を交わした間柄だろう?他人に頼むよりよっぽど安心さ!」

小動物のようにキラキラした瞳でこちらを覗いてくるキルリア。この瞳の輝きは前にも見たことがあるが…まさか、

「うちの武具店の販路を灰色の城まで伸ばせたら、大儲けさ!あそこには兵隊さんがいっぱいいるからね!」

やっぱり金の臭いに敏感な小娘だ。いや商売人として、しっかり店主を務めていると言うべきか、感心と感嘆を同時に覚える。しかし、僕の本来の目的である掌から出る白い光の正体を突き止めるには、アラン団長に会わなくてはならない。そのためには灰色の城に向かう必要があるのだ。

「いいよ。僕で良ければキルリアのことを護るよ。」と返事をすると、

「じゃあよろしく!勇者様!」

と手を挙げた。僕も手を挙げ、ハイタッチをした。キルリアは、

「えへへへ。」と後ろ手を組みながら、ニヤニヤ笑っていた。瞳は小銭が反射するように光っている。

「あの覇猪の小剣10本も売れたのさ。15万ダラズ…15万ダラズだよ。あれは仕入れ値も安かった…。へっへっ…。」

何やらボソボソと金の勘定をしている。はあ、やっぱりつくづく僕はこの娘に利用されているのか。

「ドミニク、街に来てからもう女に手をだしたのか?」

サイラスが僕に向かってニヤニヤしながら言ってくる。

「俺からはぐれたのはナンパするためだったのか!大した根性だな!」

違う!と反論するも、サイラスはにやけたままだ。するとサイラスは、

「こんなに可愛い女子なら、ドミニクが惹かれてしまうのも仕方ない。」

とキルリアを庇った。改めてサイラスが自己紹介する。

「可憐な少女、俺はサイラス。ドミニクとは同郷の兄みたいなものさ。」

「あたしは商人キルリア!世界一の金持ちになる女さ!」

それを聞いたサイラスはフフフと笑い、続けて子供をあしらうように、

「それは大層な夢なことだな。商人キルリア。では、世界一の金持ちの護衛がドミニクで務まるかな?俺が護衛してやってもいい。」

と言うサイラスに、僕は少し不安な気持ちになってしまった。確かに僕がキルリアの護衛をするよりサイラスが護衛をした方が確実にキルリアの身を護れるのだけれど…。何か心がモヤモヤしてしまった。キルリアの安全が確保できることは嬉しいことなのに。するとキルリアは、

「護衛はもう足りているよ。私はドミニクに護ってもらいたい。」

キルリアの眼はまっすぐサイラスを見ていた。むしろサイラスのもっと先を見ていたのかもしれない。サイラスは、

「俺も灰色の城には用がある。道案内も兼ねて一緒について行ってやろう。」

と言って僕たちと同行してくれることになった。

 灰色の城までは問題なく到着することが出来た。僕の護衛なんて必要なかったと思えるくらい順調な旅路で灰色の城に着いた。これはキルリアのことだから、護衛代の値切りを交渉しようとするか、あわよくばキャンセル料を要求するかもと怪しんだが、キルリアは、

「これは片道分、帰りも頼むよ!」

と5千ダラズを受け取った。そういえば僕にとってはこれが初めての仕事になるのか。初めての仕事にしてはあまりにあっさりと、お金を手にしてしまった。それもサイラスが道案内してくれたおかげだし、僕はキルリアの横について行っただけで、別段何もしていないのだけれども、こんな大金をもらってしまっていいのかと戸惑っていると、

「ドミニクがいたから安心して旅ができたさ!」

と満面の笑みで言われてしまっては受け取らざるを得ない。さっきの言葉はセールストークなのが、本心なのか掴めないが、キルリアは後ろ手に手を組んで嬉しそうに城下町を探索する。

「ドミニク!ここにも葱餅がある!見て!」

と大きな葱餅を焼く鉄板の前で止まってしまった。僕は慌てて護衛のために傍に寄る。

「この葱餅はサクサクしている!東の街とは違うね!」

と覗き込んだ時、ふいにキルリアの顔と僕の顔が近づいた。初めて会った時も思ったけど、キルリアの肌は白くてスベスベだ。小柄で、肩にかからないまでの短さの髪の毛がよく似合っている。えーっとこういうときは何と言えばいいのだろうか。どうも僕は気の利いたことが言えない。東の街で暮らしていたサイラスならこんな場面でもスマートに案内できるだろうに。

「か、買ってみようか?僕も小腹が空いてきたころだし。」

こんなことを言うと、また大飯食らいだと思われるかな。しまったかなと頭を悩ませていると、

「じゃあ半分にしようよ!こんなに大きい葱餅見たことないさ!」

と支払いを済ませたキルリアが葱餅を半分差し出してきた。この街の葱餅は大きくて、焼き立てで、サクサクだった。大きすぎてこぼれてしまいそうになった。慌てて二人で葱餅にかぶりつく。二人とも大口を開けて、みっともなく葱餅にかぶりついた。もぐもぐと咀嚼すると、美味しい。しかし、二人とも口の中がいっぱいで感想を言うことができない。キルリアと目が合った時にお互いそれに気づいた。

「おいひぃ、おいひぃね。」

と僕が咀嚼しながら言うと、キルリアは笑った。僕も笑った。

「おいおい食べ歩きも大概にしろよ、本来の目的を忘れちゃいかんだろう。」

後ろからサイラスに釘を刺された。サイラスの後ろからひょいと金髪の男が覗く。

「あらまぁ!若いってのはいいね!俺と嫁ちゃんも若い頃はそうだったなぁー!」

ニース隊長が冷やかしをかけた。灰色の城にはニース隊長もついて行ってくれることになったのだ、

「いやぁ!葱餅みたいにアッツアツ!お似合いだよ!お二人さん!」

ニース隊長の声が大きすぎて、周囲の注目を集めてしまった。キルリアの顔が真っ赤になった。すると僕の手をグイッと引いて、人ごみに駆け入った。

「おいおい!お二人さん、逃避行かい⁉ランデブーってやつか⁉」

僕も引っ張られる形でキルリアの後を追い、サイラス達とははぐれてしまった。

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