【十六話 アクマの森の仔〜黄昏〜③】

浴場に辿り着いたウーサーは直ぐにマーリンが身に纏っていた、服の原型を留めていない程ボロボロになった汚れた布を悪戦苦闘しながら脱がした後、イグレインを喚び、まずは綺麗なただの水を石造りの浴槽に流し入れてもらった。

透明で澄んだ水で満たされた浴槽にそっと優しくマーリンを入れる。

マーリンを起こさないように全身と黒髪を濡らして、綺麗な布で傷に響かないように丁寧に洗うのだが、此処でもウーサーは苦戦した。マーリンにこびり付いた身体の汚れが予想以上に酷く、布一枚が軽く数回身体を拭っただけであっという間に真っ黒になってしまう程だった。

このままだと、予め用意した布が底をついてしまうと思ったウーサーは、二人の様子を見ていたイグレインに何十枚か追加で新しい布を用意してもらった。

その間も洗われているマーリンは目を覚ます気配がなかった。


どうでもいいけど、ウーサーは服は脱いでません。服のまま水に入ってます。残念だったな!


「うわぁ...!もう何度擦っても垢とか黒い汚れがいっぱい出てきます!髪の毛も油のせいで水が弾かれてなかなか中の奥まで濡れてくれませんよ。あっ、水がもうこんなに黒く濁ってしまいました。

イグレインさん、新しい水をお願いします」

「は~い」


パチン!とイグレインが指を鳴らせば、汚れで濁った水は一瞬で無くなり変わりに元の透明で澄んだ綺麗な水に汲み替わっていた。

もう一度ウーサーが洗うのを再開するのだが、本当に何年身体を洗っていなかったのかと二人が疑問に思ってしまうほど、何度かマーリンの身体と髪を水で濯ぎ布で少し拭っただけで、入れ替えたばかりの綺麗な水はあっという間に黒茶に濁って汚れてしまった。


「あらら〜、本当にこれは酷いわねぇ......」

「ええ、これは想像以上の戦いになりそうですね!それに突然のことだったのでまともに道具が用意できませんでしたので、全部洗いきるのに半日くらいかかってしまいそうですが、負けませんよ!どんな頑固な汚れでもアンさん直伝の洗濯技術を惜しみなく駆使すればちゃんと落ちるのは実証済みですから!(※黒くてバッチイので実証しました)この子もしつこい汚れ一つ残らないように綺麗に洗いきってみせます!」

「頑張ってね〜。あ、水新しいのに変えるわね」

「お願いします。ふー...ちょっと熱弁してしまいました。口よりも手をしっかり動かさないといけませんね!」


またイグレインがパチン!と指を鳴らして汚れた水を消して新しい水に変えた。


「ありがとうございます」

「どういたしまして♪」


イグレインに例を言うと、ウーサーはマーリンを洗う手を動かすのを再開した。ふとその様子を見ていたイグレインが、


「ねぇ、ウーサー?貴方この子達と目が合った時、本当は何をしたの?」


実はあの地下室での出来事を水鏡で覗き見して知っていたイグレインは、じとーっとウーサーを睨めつけながら聞いた。するとウーサーは少しバツが悪そうに、でも洗うては止めずに白状する。


「......ちょっとあの地下室に来る前に腸が煮えくり返るようなものを発見してしまいまして、それでそのままの勢いで原因を探るべく地下室まで行き、この子と顔を合わせたのです。その時始めてこの子の【中】に原因がいると分かり【中】を視たのですが......原因を発見した途端一気に頭に血が上り、あの子達と強引に繋がっていた【ゲテモノ】ごと一緒に私の【中】に引きずり込んでしまいました......」

「あらまぁ......」


ウーサーが行った通り、実はあの地下室に入る前から彼の機嫌は最低に悪かった。

表情と言動には全くそれらしいものは出ていなかったが、内心はどす黒い怒りが激しい嵐となって暴れ狂っていた。しかし、幾ら表情と言動に出てなくても気配には少し現れていたようで、道中ウーサーとすれ違った不運な人達は物凄い悪寒に襲われてしまったとか......。

怒りマックスの状態で来てしまったもんだから、ウーサー曰く【ゲテモノ】に繋がれていたマーリン達を切り離すのを忘れて、そのまま己の【中】に引きずり込んでしまったというわけだ。

後からマーリン達を【中】に入れてしまった事に気付いたウーサーは直ぐに【ゲテモノ】から切り離し、彼等の五感と魂を傷つけないように慎重に魂を元の身体に戻したわけだが、矢張り慌てていたせいかちょっと勢いを付けてしまったらしく、その反動で気絶させてしまったのだった。


「うっかり貴方の【中】に入れてしまったって......その子達大丈夫だったの?貴方この世どころか、『宇宙』のモノですらない存在の【中】なんて入れてしまったらただじゃすまないんじゃないの?」

「うぅ......本当にアレは私のミスでした。あ、あの子達は大丈夫ですよ。気絶こそさせてしまいましたが、それは【中】に入ったせいではないので。とはいえ、頭に血が上っていたとは言え、手順を間違えて被害者であるあの子達を私の【中】に引き入れてしまったことは事実、反省しています......。

罪滅ぼしとまではいかないかもしれませんが、あの子達を元の体に戻した際に彼等の眼をに戻しておきました」

「正常って、あの子達の眼に何かあったの?私はあの子達の【色】の異常と掛けられた呪術以外分からなかったから、それ以外どういう状況だったか知らないの」


気遣わしげにマーリンの青白い顔を覗き込むイグレイン。


「......」


そっとウーサーは固く閉ざされたマーリンの目蓋に触れながら彼等の【中】で視たモノを思い出す。

マーリンの【中】では我が物顔で居座り、彼等を散々嫐り蹂躙している醜悪な【ゲテモノ】がいた。【ゲテモノ】は彼等に異常なまでの執着があったようで、己より強く怒りのオーラを纏うウーサーを前にして恐れ慄いていても、無理矢理深く二人に繋がり離そうとはしなかった。

不愉快極まりない光景を見せつけられて、怒りが爆発したウーサーは光の速さで権能を使い、マーリン達をつなぎ捕らえていたモノと【ゲテモノ】ごと一刀両断した。その後はウーサーが言った通りだ。

因みに一刀両断した【ゲテモノ】は更にこれでもかと言う程細切れミンチにしたらしい。

それを思い出して怒りが少し再燃したのか、声を低くして答える。


「眼を弄った者達以外を悍ましいモノに見せたり、色の識別を狂わせ精神に作用するような色しか見せないようにさせられていました。本当に.........こんなした輩は相当な屑だったと思うと、怒りが腹の底から煮えたぎって爆発しそうです。......が、今はこの子達を綺麗にして、傷の手当をするのが先です」

「......ええ、そうね。今はこの子たちの心と身体を癒やすのが先よね。...............本当に、ごめんなさい」


何に対してかわからないが、小さな声でイグレインはマーリン達に謝罪の言葉を述べた。

ウーサーはそれについては何も聞かず、三度目の身体洗いを終えると次は二度目の洗髪に取り掛かる。


「そうそう、あの【ゲテモノ】ですが、私の【中】でボコボコにして色々再起不能にしてそのままとどめを刺して、もう一度復活させてボコボコにしようとしなのですが、そこで【ナマモノ】さんが急に入ってきて【ゲテモノ】を回収されてしまったんですよね」

「そうなの?【ナマモノ】ちゃん、あんなの回収して何するのかしら?」

「さぁ?何をするのか分かりませんが、きっと碌なことではないでしょう。少々残念ですが、この子達の目に届かない所にやれたということで一応それで良しとしましょう」

「そうねー。ところで結構洗ったけど、まだ落ちないわね。汚れと、臭い」


少し眉を潜めて言ってくるイグレインにウーサーはうぅんと唸った。


「そうですね。【ゲテモノ】以外にも態と必要以上にこの子達を汚して臭いを付けたから、中々厄介でしつこい頑固なものとなってしまっているようです。一応半分以上は落とせましたが、さっきも言った通り急ごしらえの道具しかないのでどうしても汚れの方しか対処出来てないんですよね。ですが、そろそろ臭いの方も本格的に落とそうと思うので、イグレインさん次の水は浄化の効果があるものに変えてもらっていいですか?」

「オッケー♪分かったわ♪」


いつもの調子ある口調で返事したイグレインは早速、言われた通り新たな要素を含んだ水を呼び出す準備をし始めた。


「本当に中々強烈で嫌な匂いですね......。










─────この子の【中】の奥にまで染み込んだ腐った林檎の臭いは.........」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る