【十五話 アクマの森の仔〜黄昏〜②】
エムリスが『アクマの森』から帰還してから七日経った。
「ふーむ...困ったのぅ......」
〚■■■■■■■......〛
珍しくエムリスはいつもの飄々とした余裕のある顔を崩し、かなり疲れた表情になっていた。原因は言わずもがな、例の森で拾い“マーリン”と名付けた子供であった。
森の調査を終えた後、エムリスは拾ってきたマーリンを周囲の反対を押し切って連れ帰り、そのまま本当に弟子にしてしまった。.........が、そこまではまぁ良かった。いや、良くはないけど。
国まで連れて帰り、一応念の為城の一番人が寄り付かない地下室で一時置いていくまで、マーリンは気絶していて何も起こらなかった。
しかし、エムリスが王に『アクマの森』の調査結果と、ついでに拾ったマーリンを弟子にすると報告しているさなかにそれは起きてしまった。
突然、獣のような雄叫びと女性たちの悲鳴が城内に響いた。エムリス達は報告を中断し、直ぐに悲鳴がしたマーリンが寝かされている地下室へと向かった。
地下室に着き、開け放たれた扉から見えたのは、置いてあったベッドや椅子などがひっくり返り中には何の家具だったか分からないくらいに破壊されたその残骸が床に転がっていた。
部屋の奥には三人の大人の騎士達に力付くで抑えられても暴れ藻掻いているマーリンと、扉の近くで震えて座り込んでいるエムリスに頼まれてマーリンの世話をするように言われて騎士とともに来ていた侍女二人。そのうち一人は腕から血を流しもう片方の手で抑えていた。
〚■■■■!■■■■!■■■■!■■■■■◼◼ーーーーーーーー!!!!〛
血走った眼で、誰も聞いたことのない言葉───否、最早言葉なのかどうか分からない
「流石エムリス。お前が連れてきた小動物はつくづく珍しく面白いな。───が、我が国の民に害をなすのは頂けんが......」
王から微かに発された殺気が自分に向けられてモノに気付いたマーリンは、騎士達の高速から逃れようとますます暴れ出した。
〚■■■■■■■■■■◼◼!?■■◼■■■!!!〛
「さて......」
必死に逃げようとするマーリンを切ろうと王は剣を抜き、彼の方へ歩み寄ると部屋に緊張が走った。
だが、罪を犯した罪人を処断するために進む王の歩みを止める為、前に最古参の宮廷魔術師が立ち塞がった。そして、最古参の宮廷魔術師のエムリスは静かに王の前に跪き、嘆願した。
「お待ち下さい王よ。この者を連れてきたのも、気絶していたからと安心して侍女達に世話をするように命を出してしまったのも私にございます。故にこんな事になってしまったのも全て私の満身と落ち度でございます。その責は私が全て受けますので、どうか、この物の処刑だけは......」
「ほう?お前がそこまでして止める理由と価値がその小動物にあるというのか?」
「はい」
顔を上げ真っ直ぐ王の顔を見るエムリスの表情は真剣そのものだった。
王はエムリスの表情を暫し見た。二人が探り合うのよう互いの顔を見てどれくらい時間が経ったか分からない、誰かが張り詰めた空気に耐えきれず思わず、緊張でゴクリと息を呑む音が聞こえた時、王は漸くゆっくりと剣から手を離した。
そして、
「その理由は?」
「それは───」
◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
エムリスの説得により、マーリンの処刑は免れ首の皮一枚繋がったが、それは一時しのぎでしか無い。
王は許すのは一度だけだと言い、同時にある条件をエムリス達に課した。
「一月以内にアレを
出来たら、その小動物をお前の弟子にするなり何なり好きにするといい。出来なければ、問答無用で切り捨てる。それと、期間内に何か仕出かした時も、だ」
そう言い残して王はあとから来た騎士達と共に怪我した侍女たちを連れて地下室から出ていった。
───王からの条件を課されて七日が経った。
あれからマーリンは狂ったように叫び暴れるようになった。その声が外に漏れないように防音の結界を張って、城内にいる者達が怖がらないようにした。
そして、エムリスは根気強く暴れ発狂するマーリンの対話を試みてはいるが、彼の眼から狂気と恐怖の色は消える気配はない。それどころか更に今までの環境が一気に変わってしまったせいか、ストレスで自傷行為までするようになってしまう始末。
これ以上周りに被害を出させない為と自身を傷つけさせない為にエムリスは苦渋の決断で特殊な魔術を施した鎖と枷でマーリンを拘束した。
それからも色々試し正常に戻そうとしたが全て失敗。ただ状況が酷くなるだけの結果に終わった。
このままいけば王が定めた期限内でマーリンをまともに戻すことなど出来ずに処刑されてしまう。
それ以前に問題が、時間が、全然、足りない!!
「(正気ではない者を正気に戻すのは容易ではない。時間も労力も全く足らん!それなのにあの王ときたら、態と時間を短くしおってーーー!!)」
あの時の事をエムリスは思い出す。王が自分に無茶な命を出した時のあの顔......。
ものっっっっ凄くキラキラした爽やかな笑顔で笑っていた。エムリスはあの王の表情が何を語っているかが分かった......分かってしまった。訳すとこうだ。
「その小動物を特別に見逃したんだから絶対にやれ。子供斬るの面倒だし、後味悪いし、なにより愛しの妻が悲しむ!そんな顔させられないっ!ってか絶対にさせるかっ!!ということで死に物狂いで正気に戻せ。まぁ、あとはお前が散々苦労する様を見られるのも面白いからな」
「(あんのっ妻至上主義愉悦おうがぁーーーー!!)」
自分本位丸出しの王の心の内を読み取った時、エムリスも心の中で自分の使える王を怒りのままに罵ってしまったのはしょうがない。
「もう一度王妃様に仕置されてしまえばいいのにあの腹黒王......」
心の底から何回もそう言ってしまうエムリスであったが、今はそんな事よりマーリンだ。
さっきも言った通り、色々試してはいるものの全部駄目だったのだが、それ以前に会話が成立しない。
なにせマーリンが発するものは、
〚■■◼◼■■■■■■◼◼◼◼■■■■■■■■◼◼◼◼◼◼!!!!〛
人、幻想の住人が使う言葉ではない言葉なのか音なのか分からない奇妙で耳障りなモノだけだった。流石の数百年生きているエムリスでさえ解読できず、対話が全く出来ない状態っだった。
身振り手振りでこっちが言いたいことを伝えようとしても、マーリンの方が理解しているのかも分からない。
狂獣のように暴れ続けるマーリンではあったが、一度だけ違う反応を見せたことがあった。
それはマーリンを城の地下室へ連れてきてから四日目のこと。いつものようにエムリスが対話を試みようとした時だった。
控えめにコンコンと扉からノックオンがして、誰かからの言伝を伝えに来たのか侍女長がエムリスの名を呼んだのと同時だった。
鎖を引きちぎろうとしていたマーリンの動きが突然急にピタリと止まったのだ。
今まで暴れて叫ぶだけだったマーリンが大人しくなった事に驚いたエムリスは、思わず周りに結界も張らずに彼の方に駆け寄り、話をかけようと顔を覗き込んだのだが......、あの時のマーリンの表情はエムリスの記憶に強く残すことになる。
この世の全てに対しての恐怖と嫌悪、拒絶を顕にした、いかにも人間らしい
だが、その状態も数分だけのもので、エムリスが絶句している間に返事がない事を心配したのか侍女長がもう一度エムリスの名を呼ぶと、今度はマーリンが過呼吸をお越し、そのまま呼吸が止まり昏睡状態に陥ってしまいそれどころではなくなり、その日は終わってしまった。
その後マーリンはエムリスの治癒の魔術でなんとか一命を取り戻したが、目覚めたらまた元の状態に戻ってしまっていた。
あれから、三日経ち現在。マーリンが正常に戻ったのはその日の一度きりで、あとはいつも通り狂ったまま......と言いたいところだったが、ここ最近益々発狂が酷くなってきていた。
しかし、どんなに手詰まり状態であってもエムリスもただ話しかけたり、暴れるのを抑えているわけではない。ちゃんとマーリンの一挙一動を観察し何か解決の糸口はないものかと探っているのだ。
そうしてその結果分かったことが幾つか見つけられた。
・出された食事や水に手を一切手を付けていないにも関わらず空腹で倒れる様子はない。
・発狂には幾つかパターンがありよくあるもので例を挙げると、何かに怯えているもの、怒り狂っているもの、苦痛によるもの、快楽に悦がり狂うもの、獣のように叫び暴れるものなどがある。
・人語、幻想の言葉ではない、我々も解読できない言語で喋るが、それが言語なのかも怪しい。
・どんな些細な音でも過剰に反応を見せる。
・明るいのは嫌いなようで、光があると更に大暴れするので部屋はなるべく暗くしている。
・子供で痩せて殆ど骨と皮の状態にも関わらず、大の大人の騎士三人掛かりで抑えないといけない程力が強い。魔術師が抑える場合はエムリス以外は拘束する術が破られてしまう。
・一番やってはいけない事が二つある。それを目にする又は言葉にする又はそれが声を出す、匂いを嗅いでしまうと、今までにないくらいに暴れ発狂し自傷行為が激しくなる。最悪、過呼吸を起こし心臓が止まってしまうことがあった。一つ目は四日目のときに発覚。二つ目はマーリンの放つ例の臭いがある果実ではないかと騎士が口にした時に発覚。
その二つが“女”と“林檎”。この二つは決してマーリンの目に見せてはいけない。言葉にしてはいけない。声を発してはいけない。匂いも感知させてはいけない。
「(この二つに対しての過剰な反応は恐らく、正気の時の坊やのものなんじゃろうな。
それにしても対象物が、“女”と“林檎”とは......まさか坊やは......)」
分かったことはここまでだ。しかし、どれも突破口になるものになりそうなものがない。これでは期限内にマーリンを
いよいよ万策尽きそうな状態だ。
「はぁ.........」
今日で一番重いため息を吐いた。自分が今本格的に危うい状況になっているのが分かっていないマーリンは相変わらず発狂して鎖を千切ろうと暴れている。
そんなマーリンを見てまたため息を履こうとした時だった、
「すみませーん!誰かいませんかー?」
緊張緊迫重い空気が充満した地下室の扉の向こう側から、全く緊張感のないのんびりした幼い子供の声と、コンコンと律儀に扉をノックする音がエムリスの耳に入ってきた。
この声の主はエムリスは知っている。数日前に【アクマ】の授業をした生徒、あの無茶振り愉悦王の息子の次男ウーサーだ。
「(いかん!)」
何故こんな地下室にウーサーが来てしまったかは分からないが、今ここに入られてしまうとマーリンを刺激し更に凶暴化させて手がつけられなくなる可能性がある。最悪、ウーサーに危害を加えてしまうかも知れない!
エムリスは慌ててウーサーに入って来ないように言おうとしたのだが、
〚◼...■......?〛
「むっ!?」
あの四日前と同じ様にマーリンが急に大人しくなった。ただあの時と違うのはマーリンの表情だ。その顔には恐怖と嫌悪、拒絶を顕にしたものではなく、ただ呆然と純粋に驚きを隠せないもので、じっとウーサーがいるであろう扉の方をじっと凝視していたのだ。
今までエムリス達の声に対し威嚇し襲おうとしたり、女の声に対しては恐怖に怯え発狂していたマーリンが、何故かウーサーの声にだけ正真正銘本当に大人しくなっていたのだ。しかも、正気に戻りかけて......。
「(これは一体?否、そんな事よりこれは!)」
理由は分からないが、今はそんな事はどうでもいい。エムリスにとってはこれはマーリンを
「返事がありませんね。やっぱり誰もいないのでしょうか?」
「ウーサー様!」
「あ、いました!というかその声はエムリスさんですか?何故地下室にいるのですか?森の調査は?」
「森の調査はもう終わったので大丈夫ですじゃ。それより今少し困っておりまして、その森で拾った
「え?あの森に子猫さんがいたんですか?」
ここまで二人の会話が続いたが、マーリンは発狂する様子は見せずそのまま扉を凝視したままだ。
「そうですじゃ。あと、もう一つ困ったことにかなり身体が汚れてましてのぅ。綺麗に洗ってやりたいのですが、先程も言った通り儂等相手では激しく抵抗されてしまいもう全く洗わせてくれませんのじゃ」
「そうなんですね!ああ、だからこの地下室から物凄くバッチイ気配がしたんですね。しかも、嫌がって中々洗わせてくれないと......状況は分かりました。もし迷惑では無かったら私が子猫さんを洗ってあげましょうか?」
「是非!お願いしますじゃ!!」
バッチイ気配がどんな気配かは分からないが、エムリスはその言葉を待ってましたと言わんばかりにウーサーにお願いした。
今はまだ大人しくしているが、ウーサーを目にして暴れたら直ぐにでも彼を外に避難させられるように構え、マーリンも刺激しないように慎重に扉を開けて、ウーサーを中に招き入れた。
まぁ、もし万が一何かあっても普通の悪魔を洗濯板でシバいているウーサーなら直ぐに反応して距離を取ってくれる筈だ。逆に突進されると困るが......。
「おじゃまします。ってこの部屋薄暗いですね!あと、エムリスさん。本当に子猫を拾ったのですか?この荒れ模様どう見ても子猫が荒らしたようには見えないのですが??」
「子猫ですぞ。ほれ、あの部屋の隅でウーサー様をガン見している真っ黒黒助の坊やがそうですじゃ」
「んぬ?」
まだ暗さに慣れていないウーサーは、目をキュッと細めてエムリスが示した方を見た。示した先にはさっきからずっとウーサーをこれでもかと赤紫色の暗い黄昏の瞳を大きく見開いて見て固まっている、黒く汚れ鎖と枷に繋がれたマーリンの姿があった。
「......エムリスさん、この子を繋いでいる枷を外してもいいですか?」
「ふむ......いいですぞ」
本当は外してしまったらウーサーが危険に晒されてしまうかもしれないのだが、この時エムリスは駄目だと言えなかった。ウーサーの静かで、しかし何処か強制力のある言葉に逆らえなかったからだ。
カシャン.....とマーリンの自由を奪っていた手枷が外れた音が地下室内に冷たく響く。手枷を外してもマーリンはただウーサーを見ているだけで微動だにしない。そんなマーリンと目を覗き込みながら、ウーサーはそっと手を差し伸べながら、
「さぁ、もう怯えなくて大丈夫ですよ。その身体と【中】にこびり付いたバッチイのを綺麗に洗い流しましょう。その後は傷の手当もしましょうね。それと何か体に良いものも食べましょう。今の胃の状態では重い物は良くないですから、胃に負担をかけないようなものを............ん?あれ?
────────────────────あっ、しま」
〚───────!〛
バタンッ!
蒼と赤紫の二色の色が合わさった瞬間、マーリンの目は限界まで大きく開き身体を大きくビクンッ!と大きく後ろにのぞけらせた後、そのまま盛大に背中から床に倒れ動かなくなった......。
「「...............................」」
沈黙。緊迫していた場の空気が一変。何とも言えない気まずい静寂なものになってしまった。
だがしかし、その気まずい空気をぶち壊すのは矢張りこの子供。
「はい!何で気絶してしまったのかは分かりませんがっ!今の内にこの子を浴場に運んで洗っちゃいましょう!あ、すみませんがエムリスさんはその間にこの子の服を用意してください!!私が責任を持って洗いますのでよろしくお願いいたしますね!」
「いやいやいやいや!さっきウーサー様「あっ、しま」って言いかけていましたぞ!何を仕出かしたのですか!?」
めっちゃ下手くそに誤魔化そうとするウーサーに、すかさずツッコミ&問いただしをするエムリス。
「仕出かしたって、私何もしていませんよ」
「それでは「あっ、しま」は何なのですかのぅ?」
「え?言ってましたか、そんな事?」
「言ってましたぞ!───ハッ!まさか......」
「(ギクッ!)」
「まさかっ!あの《黒いオーラ》で!?」
「はい?」
不味いと思って少し体を強張らせ身構えたが、エムリスから次に出てきた言葉にウーサーは「?」になる。
「いくら黒くてバッチイからと、それを弱っている相手に発動してしまうとはなんと容赦ない方だ......!」
「何ですか!?《黒いオーラ》って?私そんなもの発動してませんよ!?」
「しかも、今回はその《黒いオーラ》が全く感じるどころか視認することが出来なかった......。流石、次の《教え》の継承者と言われることはありますなぁ......!」
「もしもーし?話聞いてますか?それとも疲れて頭が可怪しくなってしまいましたか??だったら、早く休んだ方がいいですよ。顔色も悪いですし」
「これはもしや新たな《(一部の男にとっては)暗黒の時代》が訪れる前触れかもしれぬっ...!」
「......仕方ありません。先にこの子を浴場に連れて行ってしまいましょう。エムリスさんは、お弟子さん達に回収してもらうように言っておきますか」
と、何かまだブツブツ言っているエムリスをそのままに、ウーサーは気絶したマーリンを背負って地下室を後に、浴場へと向かったのだった。
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