【十四話 アクマの森の仔〜黄昏〜①】

その森には【アヴァロン】から追放された【アクマ】達が封じられている。名を『アクマの森』という。


【アクマ】達は強力な結界により森から出ることはなかったが、近隣に住む村の者達が言うには、何も知らずに森の中に入ってしまった者はいるらしく、中へ入ってしまった者は二度と外へ出てくることはなかったと言う。

おそらく中にいる【アクマ】達に喰われてしまったのだろうと皆そう言っていた。だから、村の者は決して森に入らないように決まりまで作って、誰も森に近づけさせないようにした。

そうした事で暫くは森の外は平和だった......しかし。


森に誰も近付かなくなり数十年経った頃、ある者が言った。


「【アクマ】達が腹を空かせて森の中が騒ぎ始めている」と───。


それを聞いた村の者達や森を見張っている各国の王達に緊張が走った。

その知らせを聞いて実際に森の近くまでに偵察隊を送り様子を見に行かせてみると、確かに森の中から数十の不気味な唸り声が風に運ばれ耳に届いてきた。

報告を聞いた者達はこのまま何もせず放置していたら、腹を空かせた【アクマ】達が結界を破り、人間や幻想の住人達に襲いかかってきてしまうかも知れないと危機感を抱き始めた。


ある者は言った。


「餌が来なくなり飢えて暴走しそうな【アクマ】達を大人しくさせるために、罪を犯した者を処刑と称して森へ放り込めばいいのではないか」と───。


その言葉を聞いた彼等は確かにそうすれば、【アクマ】達の腹は満たされ大人しくなる筈だと思い始め、そして、それを本当に実行し、多くの罪人を森の中へと放り込んだ。

すると、本当に毎日聞こえていた【アクマ】達の不気味な唸り声がピタリと止んだ。

それからというもの、『アクマの森』には各国から定期的に数十名の罪人たちを送り込むようになった。

勿論、一度森の中に入れられた罪人達は誰一人外に出てくることはなかった......。

森へ罪人を送り込むようになってから暫くして、いつしか『アクマの森』はもう一つの名で呼ばれるようになる。


罪を犯した者を喰らう『喰罪の森』と......。


◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇


『ブリテン』にある小国の一つ『─────』の城内。

その国の宮廷魔術師兼王の相談役であるエムリスは珍しく険しい顔をして廊下を歩いていた。そんな彼の後ろについてくる弟子の二人も緊迫した面持ちをしている。

彼等がピリピリした空気を醸し出しているのは、今朝、湖の貴婦人からある知らせが届いたからだ。

その内容が───


───『アクマの森』の封印が解けた。


その報せを聞いた王は直ぐ様、国内にいる騎士達に森の異変を通達した。通達を受けた騎士達は速やかに、森から出て襲いに来るかも知れないであろう【アクマ】を何時でも迎え打てるよう厳戒態勢をとった。

そして王はもう一つエムリスにある命を出した。


「封印が解かれた『アクマの森』へ直ちに向かい、森の様子と封印が解かれた原因を出来る限りでいいから探ってくれ」


エムリスはその命を受け、直ぐに森へ向かう準備を始めに工房へと向かう途中だったのだ。

準備は万全にしなければならない、何故ならエムリスの受けた命は最も危険なものだ。

何せ普通の悪魔とは違い、僅かな伝承でしか語られている以外殆分からない未知の存在である【アクマ】がいる森へ向かい調査せねばならないのだから。それに【アクマ】はどれくらいの力量を持ち合わせているのかさえ分からない故対処も相当難しい、だからエムリスが険しい顔になってしまうのも無理はない。

それでもこの危険な王の命をエムリスは受けた。

なにせエムリスも只の魔術師ではないからだ。彼は人間と妖精との間に生まれた混血種で普通の人間の何杯もの長い時を生きている。長い時の中、彼はこの国の何代もの王を支え続けている上、知識も技量も豊富な魔術師。だから、今の封印が解かれた森の状況を探るためにはうってつけの人材だった。


◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇


密集した大きな黒緑の木々が不気味に揺れる森が其処にあった。あれこそが『アクマの森』だ。

一部隊の騎士団と己の弟子の中で優秀なものを数名引き連れたエムリスは、周囲に加護の結界を張り、安全を確保してから慎重に森を観察する。


「(ふむ......。イグレイン様が仰った通り、完全に結界が綺麗さっぱりに消えておる。これはたしかに一大事じゃな。じゃが、しかし、あの森は............)」


一通り森を視たエムリスは、紫水晶色アメジストの眼を閉じ考える。

率いてきた弟子達と騎士団は静かにエムリスの指示を待つも、厳戒態勢は緩めなかった。

しかし、その間何故か【アクマ】はおろか動物、鳥すらも森から出てくる気配はなく、とても静かでそれが返ってかなり不気味だった......。

エムリスが思考の海に沈み底から浮上したのは、日が彼等の真上に登った頃。

現実から戻り結論が出たエムリスが弟子達に出した最初の指示は、


「森に入るのは儂一人だけ。後の皆はそのまま待機じゃ」


と、とんでもない内容のものだった。

指示を聞いた弟子達と騎士達は思わず目を剥いてしまったが、直ぐに我に返り、全員で一人で森へ向かうのは危険だ、せめて数名護衛を付けて行ってきて欲しい、と口々にエムリスを説得しにかかったが、彼は一人で行くの一点張りで、そのまま本当に一人でスタスタと歩いて森の方へ行ってしまった。

心配した騎士達数名が彼の後を追おうとしたが、加護の結界の他にいつの間にか別の彼等を外に出させない結界を張られてしまい、追うことが出来なかった。


エムリスが森の中へ入ってから数刻の時間が経った。

日が沈み空に夜の帳が下がり始めた頃にエムリスは戻ってきた。

と同時に弟子達の足を止めていた結界も解け、心配していた彼等が直ぐにエムリスの元へと駆け寄って来る。弟子達はエムリスに、


「心配して寿命が縮んだ」

「毎回毎回一人で無茶なことしないで下さい!」


と口々にいう中、一人の弟子がやっとエムリスがど

かで嗅いだ事のある熟しすぎた果実の様な、妙に甘ったるい臭いを発する黒い布の塊を背負っていることに気がついた。


「お師匠様、その背にあるものはなんですか?」


少し嫌な予感をさせながら恐る恐る聞いた。するとエムリスは呆気からんと、


「森の中で拾ったんじゃ」

「「「「はあああぁぁ!?拾ったぁ!!?」」」」


とんでもない爆弾発言な解答に、敬語も忘れて思わずタメ口で一斉に叫ぶ弟子達。

そんな彼等の会話を後ろで様子を見ていた騎士達の耳にも入り、少しざわつき始めたも気にせず、エムリスは森の中の状況を報告する。


「あの森は。中には【アクマ】らしきモノもその痕跡すらなかったよ。このちっこい小動物以外なーんもな」


そう言って、弟子達にボロボロの黒い布の塊を地面に置き、上の部分の布を取って捲って見せた。


「こっこれは!?」


布の中身を見た弟子達は絶句した。布の中身はなんと小さな子供だったからだ。

顔の所々にかすり傷があり、かなり頬がコケて衰弱している様子である以外普通の子供だった。

それがとても伝承にあった通りの醜い【アクマ】の姿には到底見えなかった。

ただ、奇妙なことに先程から臭う果実の臭いもこの子供からしていた。


「お師匠様、この子供は一体?」

「知らん。森のど真ん中にコロンと落ちていたから、面白そうだったんで拾ったんじゃ」

「おっ、面白そうってアンタ犬猫じゃないんだから......!」


この後「今直ぐ元のところに戻してきなさい!」と言いたかったが、流石にこんなに弱っている子供をあの森に置いて返してしまうのは行けないと思いとどまり、言葉を飲み込んだ。

だが、その次に出てきたエムリスの言葉に弟子達だけではなく、その場にいた騎士団全員が今日一番の大絶叫の声を上げた。


「儂、このちっこいの弟子にするからよろしくっ☆」

「「「「「「「「「「はああああああああああ!!!!?」」」」」」」」」」

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